北海道横断ロードムービーならぬロード小説 半村良・ラベンダーの丘

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 オレはハーブが大好きで、もうかれこれ30年近くいろいろなものを育ててきている。今住む家に越してきて4年が過ぎたが、庭には所狭しといろんなハーブを植えている。
 ブルーベリー、ジューンベリー、ラズベリー、ハスカップ、プラム、サクランボと云った果樹に始まり、エゾウコギ、エキナセア、ドクダミの様な薬用植物もあれば、山菜のウドに、ラベンダー、タイム、オレガノ、フェンネル、コリアンダー、ワイルドストロベリー、チャイブ、デイル、ホーステイル(なんのこっちゃないスギナを英語読みしただけ。もちろん勝手に生えてくる)、セージ、ナスタチウム、ミツバといったよく知られたハーブも育てている。

 でもそのきっかけって何だったろうと考えてみると、始まりはラベンダー。ラベンダーといってもファーム富田でも富良野でもなくて、半村良が書いた小説「ラベンダーの丘」。これがラベンダーとの出会い。この小説は1986年に出版されていて、当時浪人中のオレはヒマなもんだから勉強もろくにしないで読みふけっていた本のひとつがこれ。
 その頃のオレはラベンダーがどんな植物なのか知らないのに、この小説がきっかけで北海道をイメージさせる植物として頭にすり込まれてしまった。それまでは植物にほとんど興味が無かったのに。そして上京して、いつしか郷愁に駆られて都会の小さなベランダでラベンダーを育てはじめたのが、ハーブ好きになってしまった始まりだった。

 さて、このラベンダーの丘なんていう、ちょっとロマンチックな、おセンチな題名の小説だけども、題名から全く外れたハードボイルド作品。半村良さんはSF作家として名を知られているけれども、この作品にはSF要素は皆無。
 この当時半村氏は北海道の苫小牧に移住していて、そんなこともあり何冊もの北海道を舞台にした作品を手がけている。これはその一冊。

 主人公の大倉は表向きは普通の商社マンだが、本当の仕事は普通の商社マンが出来無い、非常に危険な仕事を専門にする実は元CIAの工作員。ジョン・パーキンスの著作「エコノミックヒットマンの告白」で述べられている、『ジャッカル』とはまさに彼の事だろう。
 大倉もそんな危険な家業から足を洗って、大手商社の苫小牧出張所の所長の身分でぶらぶらとヒマを持て余している。本社もそのような危険な人間の扱いに苦慮し、彼を日本の北の地に押し込めたわけだ。その彼にアメリカ筋からの接触があり、道東で何やら見過ごせない事態が生じているという情報がもたらされる。そしてそれがどうなるのかをその目で見に行って欲しいという依頼を受ける。

 時は1980年半ば。その当時はまだ冷戦のただ中で、ここ道東に住む者にとっては、ソ連による漁船のだ捕、特攻船、そしてレポ船なんて言葉が普通にローカルニューズに登場していた時代だった。
 特攻船とは、北方領土付近で密漁する際に使われた船で、船に何基ものガソリン高出力エンジンを搭載して(普通の漁船は重油)、高速で航行して日ソ双方の取り締まりから逃れるようにした船。この時期根室はハイオクガソリンの売り上げが日本一だった事もあるそうだ。
 そしてこの物語に密接に関わるのがレポ船。ソビエト当局に日本の情報を売ったり電子機器などの密貿易を行うのと引き換えに、ソ連の支配する海域で操業を黙認された漁業者の事。いわゆるスパイ船の事。
 そういったレポ船経由で羅臼にソビエトの連絡基地が造られ、スペッナズまで駐屯しているらしいという。それを極秘に排除しようとする日本政府の動きを見届けるのが大倉の密命だった。
 
 苫小牧から出発して羅臼の峯浜地区に隣接する真琴内という架空の漁港をにたどり着くまでの描写は、30年前の北海道の情景が目に浮かぶようだ。今の北海道と違い、当時は除雪は綺麗ではなく、冬のアイスバーンの自動車運転は命がけの面があった(今も危険は変わりないが)。北海道に住み、そのあたりを実際に走った事のあるものには、なじみの有る地名が次から次へと現れ後にして行く。なんだか実際に自分が旅行でもしているような気分になる。実際にオレはそれと同じコースを自転車で走った事があるだけに、30年ぶりにこれを読み返した時には、その自転車ツーリングの事を思い出したくらいだ。だが、物語はそんなのんきな道中では無く、次々と大倉の動きを嗅ぎつけたレポ船側の荒くれ漁民、ヤクザが襲いかかってくるのだ。

 これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきた大倉が最後に夢見るのが、花咲くラベンダーの丘で、生き別れた息子と散策する事。危険な家業で家族を放ったらかしにしてきた男にとってのただ1つの夢だ。
 きっと北海道ご当地小説を作るに当たって、半村さんは先にこのラベンダーの丘を歩く親子の情景を思い描いていたに違いない。そののどかな風景とは真反対の内容を書いてやれと、それから構想したに違いないとオレは思っている。

 北海道を舞台にしながら、あっと驚くハードボイルド、アクション、ロード・ムービーならぬ、ロード小説がこのラベンダーの丘。こんなねじくれた作品を構想出来るのは、半村良さん以外には居ないだろうと思う。ありきたりの北海道を舞台にした小説には辟易した方にお勧めするよ。


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# by kararachan | 2017-05-28 00:02 | 書籍 | Trackback | Comments(0)

夢から覚めたらそれも夢で、はたまた夢だと思っていたらそれは現実で、どっちが現実でどっちが夢なんだ? Philip K Dickのユービック的世界

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 この話は女房以外にはしたことがないんだけど、オレは続きの夢をよく見る。夢から覚めたら、「ああ、これはこないだの夢の続きか」と云うことが頻繁にあって、それがもう何十年も続いている。「相棒」よりも長く続いているオレの夢の連続ドラマ。夢の中の斜里町は現実と似ていて、それでいて何か何処かが違っている。

 その夢の斜里町の中では、神社の裏は開けていて、そこにエスニック料理店やパブ、ファミリー・レストランが入った複合施設がある。オレの家の近所の土橋商店の所はお店が10軒ほど連なる小商店街になっている。西町の海岸沿いには海の家みたいな商店が軒を連ねる商店街があったりして、そこにはとってもオレ好みの雑貨屋が店を開いている。実際の斜里町よりも栄えているのが面白い。

 また、時には寝ている夢を見て、その寝ている夢の中で夢を見るという、入れ子構造のややこしい夢も見たりする。夢から覚めたら、「ああなんだ、これは夢だったのか。」と云う夢を見て、本当に目が覚めたらやっぱり「ああ、なんだこれは夢だったのか」という、変な夢。いったい何度夢から覚めたら、本当に覚めるのだろう? いや、この現実だと思っている世界も、まだ覚めていない夢なのかも知れない。ああ、なんてややこしいんだ。

 「覚めない夢にはユービック。あなたもこれでスッキリ目覚められます。使用上の注意を守れば安全です。」

 いったい現実って何なんだ? オレが今見ているのは幻想なのか? 現実なのか? そんな自分の現実が揺れ動き、五感が感じている世界に疑問を持つ世界を描かせたら、Philip K Dickの右に出るものはいないんじゃないかな。Philの描く作品の根底にはこの、現実に対する不信感がとても色濃く描かれている。その崩れて行く現実を描くためにSFの設定を利用していると言っても良いように思う。今、自分が目の当たりにしているものは本当じゃないという恐ろしさ。それがPhilip K Dickの作品世界。

 Philのファンに好きな作品を投票してもらえば、間違いなくベスト3に入るのが「ユービック」だろう。これは1969年の作品で、この作品は典型的な現実崩壊の物語。Philip K Dickの悪夢世界を堪能できる事間違いなし。

 作品の舞台は、今となっては過去になってしまった20世紀の後半。子供の時から親しんだSFが描いている未来に今自分が生きているのがとても面白いよね。
 「ユービック」の世界では、超能力者を産業スパイとしてビジネスを行う側と、その超能力を無効にするする超能力を持った不活性者の組織が抗争している。その不活性者達を組織した会社のひとつランシター社は、依頼されて不活性者の集団を引き連れて月の基地に向かう。が、実はそれが超能力会社側のワナで、月基地で爆弾が爆発。社長のランシターが重傷を負う。この世界では死はそのままの死ではなく、冷凍保存してその生体エネルギーがつきるまで半生者として生きる事ができる。ランシター社の技師ジョーは、ランシターが完全に死なないように冷凍保存しようとするのだが失敗。その後から、爆弾の破裂から生き残った者たちに次々と奇妙な現象が起こりだす。物が古びてダメになったり、最新の車がオールドカーになるなどの時間退行現象に見舞われる。そして死んだはずのランシターからのメッセージが、TVやメモに現われてジョーたちに何かを伝えようとする。時間退行どころか、次々と干からびて死んで行く仲間たち。そして、ランシターから驚愕のメッセージが伝えられる、死んだのはランシターではなくジョーたちだと。半生者として冷凍保存されているのはランシターじゃなく、ジョー達なのか? どっちが本当なんだ?

 まあ、そんな感じで話が展開して行き、最後の最後でさらに話がひっくり返るというか、いったい現実はどっちなんだと読者を煙に巻くオチが付く。真剣に読めば読むほど訳が分からなくなること請け合いの、ディープなPhilの世界がこの「ユービック」という小説。

 もし「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?」でPhilip K Dickの世界に触れたのなら、その次に読むなら是非この「ユービック」をお薦めする。「アンドロ羊」では、自分がサンフランシスコ警察の警官なのにも関わらず主人公の知らないもう一つのサンフランシスコ警察に捕まるくだりで多くの人は戸惑うと思うのだが、イギリス人のSF作家Natasha Plleyも我が家でこの小説を読んで、「何で主人公の知らない別の警察組織が出てくるの?」ととても混乱していたのがおかしかった。「ユービック」はさらにその戸惑いがてんこ盛りのDickワールド。これがPhilip K Dickの小説の神髄です。何が現実なんだ?

 オレの見ているのは現実なのか? 夢なのか? それとも夢を見ている夢なのか? それとも夢を見ている夢を見ている夢なのか? それとも、そもそも現実なんてものがあるのか? 全ては脳が創り上げた夢なのか? オレはいったい何処に居るんだ? しっかりとしているように思える現実なんて実はとっても脆いものなのかも知れない。それをひたすら追求した作家がPhilip K Dick。

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# by kararachan | 2017-05-18 21:35 | 書籍 | Trackback | Comments(0)

XYZから始まる、Andy Summersのソロキャリア

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 Andy Summersの新譜Triboluminescenceがとっても良くて、毎日仕事の時のBGMにしている。喘息もちの社員がオレの直ぐ後ろにいて、一日中咳を聞かされてイライラさせられるので咳が聞こえないように、最近は仕事中ずっとイヤホンを付けたままにしている。そんななわけでTriboluminescenceを毎日聴いているのだが、とっても落ち着くインストアルバムだ。

 さてAndy Summersの1stアルバムについて今回は書こうと思う。Andyのソロアルバムは十数枚あるけれども、本人が歌っている唯一の作品がこのXYZだ。何故これ以降歌わなかったかと云うと.....、そういう事。聞けば納得。どの曲もフラット気味に歌い、声に伸びがなく、ボーカリストとしては落第だなぁ。下手だけど、でもなんだかいい味を出しているのがこのアルバムの魅力。何というか、弾けないポップさとでもいうか、The Policeという肩書きを捨てた無理しない等身大のAndy Summersは、こんなミュージシャンなんだという思いが伝わってくる気がする。The Policeみたいにハデハデにデコレーションしなくてすむし、売れなきゃと言うプレッシャーもないしと云うこともあるのだろう、シンプルで暗くしんみりとしていて、それでいてAndy節が全編炸裂しまくりで(そうEvery breath you takeのギターなんか思い浮かべてくれ)、彼のファンとしてはとても聞き応えがある。うるさいStingのキンキン声もなければ、ベースが自己主張してギターを押しのける事もない。


Andy Summers - Eyes of a Stranger

 このアルバムは1986に発表されていたんだけども、1stアルバムでいきなりXYZじゃ、もう終りかよって思うけど、その意味をつい最近知った。X,Y,Zこれ全て、Andyの3人の子供のミドルネームなんだって。ちょっとほほ笑ましいアルバムタイトルだ。

Andy Summers- Love is the strangest way
なんかこれとっても緊張してるよね。紅白でカリフォルニアコネクションを歌う水谷豊を思い出してしまった。

 さて、オレとこのアルバムの出会いなんだけど、なんでこのアルバムを買ったのかはちっとも覚えていない。何で買ったんだろう? それはともかく、初めてこのCDを買った場所はお茶の水駅に接したビルの2階のセカンドハンドと云う名のCDショップ。ここはクラシックだかジャズ中心のお店だったはず。ロックの中古盤も安く売っているので、学校帰りに時たま立ち寄る巡回コースのひとつだった。多分1990年ぐらいのことだと思うけど、授業の帰りにこのアルバムを見つけて買って帰ってしまった。たぶんAndyとRobert Frippの共作アルバムが気に入っていたので気になって買ってしまったのだと思う。その後1度手放してしまったのだが、10年ぐらい前にどうしても聞きたくなって、また買い直してしまった。もうその時点で廃盤になっていたのでまた中古で買ってしまうが、今はこのアルバム少々入手しずらいらしく、ちょうど良いときに買ったと思う。

 Andyとしては、本当は最初からインストの、今やっているようなジャズ的なアルバムを作りたかったたんじゃないかなと思う。でもその前にThe Policeと云う巨大な重荷を下ろさなくてはならなかった。だからこの様な暗くて、そして弾けないポップな作品を作らなければ次のステップに移れなかったのだろうかなと推測する。AndyにとってこれはThe Police時代というストレスたっぷりの時期を精算するためのデトックスアルバムなんじゃないかな。いつも前を向けば年下のくせに生意気で、キンキン声のベーシストにあれこれ指図されるストレス。そんなトラウマを、歌うことで、のんびりと自分の好きなように曲を作って、疲れた心を癒すシンギング・セラピー。
 そのセラピー効果のせいなのか、このアルバムを聴くと、オレはとてもなんだか脱力して日頃の無意識の体の力みが抜けて行くのだ。

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# by kararachan | 2017-05-13 12:12 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

14インチの拾ったTVで見たBlade Runner

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 Blade runner2049がこの秋に公開で、トレーラーやポスターが公開されて、ちょっとドキドキしてきた。最初このパート2の製作発表を聞いて、なんだかなぁ、どうせ二番煎じの駄作だろうよと、当初は期待は全くなかったのだが、ひょっとしたらという気がだんだん強くなってきた。攻殻機動隊は全く見る気が失せたのとは対照的だ。

 大学生になってから我が部屋にTVがやって来たのは2年生の7月。1988年の夏。多少仕送りがあり、昼間はフルにアルバイトをしていたものの、TVなんて物が買える程収入が無かったので大学に入ってから1年以上TVなしの生活をしてきた。TVなんて高いものは買えない。なら、ゴミとして出されたものを拾おう!

 と言った訳で、毎週粗大ごみの日の前の深夜は、ごみ捨て場を巡回するのが日課になった。そのうち使えるTVが拾えるかも知れないと思って。以外とTVは捨てられている。しかも古くて巨大なのが。しかも木製のキャビネット製で重い奴。アパートから遠く離れたごみ捨て場にそんなものを見つけた日には、堅い決心のもと汗だく、くたくたになりながら何とか部屋に持ち込んだ。でも何も写らないどころか、電源すら入らない。

 半年間ほど、何台もそうやってくたびれ果てる日が続いた。そんな1988年の夏、いつものように涼みながらごみ捨て場を巡回していると、赤いSony製の小さなTVがオレを待っていた。
 早速家に持ち帰って電源を入れてみると、十数台拾いに拾ってついに、ちゃんと写るTVが手に入った。子供の時に初めてカラーTVが我が家にやって来たときよりも、この時の方が嬉しかったなぁ。

 翌朝もアルバイトのために早起きしなければならないというのに、夢中になって深夜のTV番組をあれこれと見ていた。すると何だか見覚えのある映画がやっている。Blade Runnerだった。畳に直置きになった小さなTVをのぞき込むように、そしてあまりシャープでない画質のBlade Runner。音質もとっても安っぽく、臨場感なんかかけらもない深夜TVの映画。
 ところが、何故かこの時この映画が、ジーンと心に突き刺さったんだなぁ。19歳の時に初めて見たときは、期待外れの面白味のない映画だったBlade Runnnerが、この時は全く別の映画に感じられた。小さな画面だから映像のすごさなんかちっとも伝わってこないのに、蒸し暑い夏の夜の深夜、この映画に込められたテーマがこれでもかってくらいに胸にずぶりと突き刺さる。ゾーラが何度もガラスを突き破りながら、ガラスの破片をまき散らしながら逃亡しようとするシーンの美しさ、切なさには泪が止まらなかったくらいだ。

 そんな訳で、何故かそれまでBlade Runnerの良さがちっとも分からなかったオレだったが、拾った小さなTVでこの作品を見たことによって、その良さを初めて理解することができた。映画は大画面で、高画質だからって良いもんじゃない。不思議なものだ。



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# by kararachan | 2017-05-10 18:13 | 映画 | Trackback | Comments(0)

ウィスキー、すき〜〜〜っ!(←財津一郎の声で読んでね)

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 連休初日の29日、久しぶりに厚岸まで行ってきた。斜里からだと2時間ちょいのドライブ。厚岸は牡蠣で有名だけれども、云うまでも無く牡蠣を堪能してきたんだけれども、今回はつい数年前に作られたばかりのウィスキーの厚岸蒸留所を見に行くのが目的だった。
 この蒸留所社長は、スコットランドに似ている環境の厚岸なら、良いウイスキーが作れるに違いないと、すごい情熱を持って本当に蒸留所を作ってしまった。初出荷は2019年だそうだ。工場見学ができるかどうか分からなかったけれども、とりあえず何処にあるかだけでも見てこようと、足を伸ばしたのだった。
 工場は厚岸郊外のぎりぎり宅地、ほとんど原野と言って良い開けた場所に建てられている。まだ行った事が無いのだけれど、スコットランドの蒸留所もきっとこんな原野のような所に建てられているに違いない。
 ニッカの余市蒸留所とは違い、まだ製品出荷もしていない純粋な工場なので、いつでも工場見学出来るわけでは無さそうだ。事務所には「現在蒸留作業中。ご用の方はXXXXに電話をおかけ下さい。」と言う張り紙がしてある。仕事の邪魔をするのが目的じゃないので、蒸留所の周りをぐるりと見て回って帰った。

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 実はオレの一番好きなアルコールはウィスキーで、大学時代からずいぶんいろんな銘柄を楽しんでいる。大学時代は給料が入るとちょっと高いバーボンを買って飲んでいたが、15年ぐらい前からスコッチ派にくら替えしてしまった(ブッシュ・レジームのアメリカのイラク侵略に抗議して、それ以降バーボンは買わない事にした)。しかも最近は月にグラス1杯か2杯程度しか飲まないので、なるたけ高い銘柄を買うようにしている。毎日安発泡酒を浴びるように飲むよりも(空き缶回収の日のゴミステーションに、巨大なゴミ袋いっぱいの発泡酒の空き缶を見るたびに、こんな人生の奴隷には成るまいと自戒を込めている)、この方がずっと安上がりだし、肝臓にも負担が少ない。なんといってもオレはウィスキーの味を楽しみたいのだ。酔ってうさを晴らすなんて、足に鎖と重い鉄の玉を付けた人間の死ぬまでの時間つぶし。オレには関係のない話だ。
 

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厚岸といえば牡蠣。漁協直販所で食べた生ガキ。3Lサイズで1コ220円。
ただ殻をむいて食べるだけ。調味料は海水のみ。気分は野蛮人。なんて旨いんだ。


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道の駅のレストランで、カキフライ、牡蠣ステーキ、生ガキの牡蠣尽くしを頂く我が女房。

 それはさておきウィスキーと云えば、忘れられない思い出がひとつある。それは大学一年生の冬休みと年越しの時の事。その時住んでいたのは新小岩の築30年超のボロアパートだった。窓は隙間だらけの木枠の薄いガラス一枚だけのもの。北海道だとその当時の窓は二重窓が当たり前だった。こんな一枚だけの窓でオレは冬を越せるのかと心配だった。暖房は小さな電気ストーブ一つだけ。
 案の定、12月の末にもなると、こんなボロアパートの夜の寒さは半端じゃない。外にいるのとほとんど変わらない寒さ。家の中で吐く息は白い。電気ストーブ程度では、暖気が直ぐに外に抜けるため、何の役にも立たない。
 そこでその冬休み期間、在宅時はほとんど布団の中に潜って生活する事にした。そしてその時にとても役に立ったのがウィスキー。貧乏学生だったので、度数が高くて安い酒が無いかと探してみると、当時ニューズやコブラ、Qと云った安ウィスキーが店頭に並んでいた。それらのウィスキーをちびちびと飲み暖をとりながら、何とかその寒い正月を乗り切った。なんだかウィスキーに救われた気がする。冬山で遭難して、助けに来てくれたセントバーナード犬のウィスキーで命を永らえた登山者なら、この気持ちが分かるかも知れない。
 そんなわけで、オレにとってウィスキーとは正に命の水なのだ。

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# by kararachan | 2017-05-01 16:27 | 旨い | Trackback | Comments(0)

The Kinksは生きていた! U.K Jive!

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 1989年の初冬。いつもの様に大学の授業の前にディスクユニオンに寄って見た。お茶の水店は2階が洋楽コーナー。何か面白いものは無いかと物色していると、その時店内に流れている曲が頭に突き刺さった。マイナーコードのスローなテンポで始まったその曲は、突如高速展開に切り替わる。それに合わせてもごもご歌うボーカルも、突如熱唱に切り替わる。最初パンクかと思ったが、遥かに洗練されたバンドサウンド。メロディーが良い。そして、この声は何だか聞き覚えがある。
 レジ前に今かけているCDが立て掛けてあるので、これはいったい何なんだ? と、それを見てみると空のスーツがポーズをとっているジャケットが置いてあり、The Kinks U.K Jiveと記されていた。

Aggravation

 The Kinksは中学高のころから好きなバンドで、大学に入ってからは過去の音源を発掘して聞き続けていたが、オレの中ではもうベンチャーズのような創造性の枯れた古びたロックバンドだとこの時まで思っていた。
 ところが、今ここにあるCDは非常にモダンな、正に今を生きている現役ロックバンドの音。現われては次々と消えて行く若手バンドと真っ正面からぶつかり、オレ達はいつだって現役なんだという非常に強い意志がその曲から伝わってきた。過去の栄光に浸り、過去の遺産で食いつないで行くバンドとは違うのだよと、そのアルバムは語っていた。

 The Kinksはその時からオレにとって過去の遺産ではなくなって、正に今この同じ時代を感じ生きているロックバンドになった。歳はとっているけれども、今の自分たちの夢、憤り、不安を同じように感じて、それを歌にしている、今を生きるバンド。オレは驚喜したね、The Kinksは生きていたと。
 なんせ、今と違いロック雑誌を見ても流行りのバンドしか取り上げられず、ましてThe Kinksの様な日本ではビートルズを1列目に例えるなら、5列目、6列目に位置するバンドは、ほとんど情報が入ってこない。レコードだって、ほとんど廃盤で、輸入盤で買うしかしょうがない状態だった。

 そんなとうの昔に消滅したThe Doorsの様なバンドと思っていたThe Kinksだったが、生きていたのみならず現役バリバリだったと言う事を知るのは物凄い衝撃だった。なんだか昔生き別れた友に偶然再開したような喜び。そんな事もあってか、このアルバムはThe Kinksの作品の中で一番よく聞いたなぁ。
 このアルバムの中では、1曲目のAggravationが一番好きで、どんどん国が悪くなって行く様にいらだちを募らせる歌詞にあわせてか最初はパンク調で始まるというのに、最後はディスコ調のグルーブ感で曲を終えるという不思議な構成が面白い。2曲目How do I get close to youは好きな女性にどうしたら親しくなれるのだろうと嘆く極私的な歌詞と切ない曲調に泪が出たね。ちょうどオレもそんな時期だったもので(まあその女性って言うのが、今の女房なんだけどね)。
 8曲目のDown all the daysは1992年のEU統合への賛歌で、EU結成がヨーロッパの市民にとってとても喜ばしい明るい未来として描かれているけれども、25年経過してこんな事になるとはね。アルバムはその時々の時事を反映する側面があるのも面白いと思う。自分やその当時の世相が、アルバムを聞く事によって思い出すのも過去の作品を聞く楽しみだと思う。

How do I get close to you

 今はレコード店(←あえて死語を使う)になんかは、注文したアルバムが届いたよの連絡がないかぎ足を運ぶ事が無くなってしまった。今は事前にあれこれ情報が来るので、あれこれ調べてから購入している。なので、店内に流れている曲が気に入ってアルバムを買うなんて事は、もう昔の習慣になってしまった。昔はレコード屋が一番の音楽情報に触れる最前線だったのだが、何だか寂しい気がする。

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# by kararachan | 2017-04-28 12:11 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

初めて見に行った外タレのライブはIan Dury

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 あ〜〜〜あ、4月28日に帯広で行われるチャットモンチー・メカのライブが順延になってしまった。えっちゃんが声帯炎になり唄えない。5年前も郡山でライブをした後喉頭炎になり、徳島の公演が延期に。今回も札幌の直前が郡山とスケジュールに書いてあるのを見て、なんだか不安に思っていたのだが、その嫌〜〜〜な予感が的中してしまった。ああああ、あ。かなりガッカリだが、振り替え公演はその分力を込めた演奏をしてくれるはず。しょうがない。それよりも何よりもえっちゃんの回復を願う。今しばらく待つか。どうせなら前座にくもゆきなんか付けてくれたら、嬉しいな。


 それはさておき、オレが初めて見に行った外タレ(←死語)のコンサートは、Ian Dury & The Blockheadsだった。それは1987年の初夏。
 その当時熱心に講読していたロッキンオンの読者プレゼントでIan Dury & the Block headsのチケットが見事当選したのだ。その時まで知らないバンドなんだけども、RO誌で特集を組んで、いかにこのバンドが素晴らしいかをくどいくらいに書いてあった(←何でもあの雑誌はくどかったが)。何気なく応募したら、そんな通好みのベテランバンドのチケットが当たってしまった。初外タレコンサートは読者プレゼントという幸運だったのだ。

 会場は後楽園ホール。会場につくまでの通路は歴代チャンピオン・ボクサーの写真が飾ってあり、ああ、ここは本当にボクシングの聖地なんだなと感心しながら会場に入った。
 後楽園ホールは前方はオールスタンディング、後方はイス席になっていて、招待券のオレは入場待ちの頭から7人目くらい。当然ステージ真ん前に陣取りましたよ。
 本物のプロバンドのライブの初体験がステージかぶり付き。開演が近づくにつれ胸がドキドキして、それだけで失神して倒れてしまいそうだったよ。
 
 その日は前座が付いていて、それがWilko Johson Bandだった。今は彼はどんな人だか知ってはいるが、始めてみるWilkoはステージの上をぎくしゃくと歩く、奇妙なギターの持ち方、恐ろしい目つき、初めて体験するライブにしてはかなり難易度の高いバンドだった。周りの観客は「やっぱりWilkoは怖いよな。殴られるかも知れない」なんて話しているから、どんな恐ろしいステージなんだろうと震えていたが、何の事は無い怖い目つきの、江頭2:50の元祖の様な動きをするミュージシャンだった。今思えば非常に貴重な体験なのだが、もったいない事をした。


Dr.Feel Good/She Does It Right
落ち着きの無いWilkoの動きに注目!

 その後Ian Duryの番だ。どんなバンドだろうと思っていると、あまりカッコの良いとは言えない中年のおっさんが杖をついて出てくるから驚いた。杖をつくような老人がロックするのか? それがIan Dury。後で知るが、彼は小児まひで半身が不自由なのだ。さっきWilko Johnson Bandのベースを弾いていた、ものすごい猫背の、昔の怪奇ホラー映画に出てきたようなもじゃもじゃ長髪の大男もまた出てきた。Norman Watt- Royだった。とても目つきの恐ろしいベースで、彼の目の前にいるオレは殴られるのでは無いかと怖かったが。彼のベースはとんでもなくすごかった。そして彼はちょっと臭かった。
 どれもこれもオレには知らない曲ばかりだけれども、もう最初から会場はノリノリのノリスケさんですよ。これまで経験したライブは、ダッサダッサ・アニーキのロケンロールアナーキー・イン・ザ・U.Kだったものだから、本物のグルーブってやつはこれか!とノリって奴の素晴らしさを堪能したものだよ。このバンドはとにかくどのミュージシャンもテクニック、芸達者なメンツが揃っていて、それを見ているだけでも楽しかった。中でも印象に残っているのはサックス。アルトとテナーを各々片手に持って同時に吹くプレイは驚いたね。こんな事ができるんだと。

IAN DURY AND THE BLOCKHEADS: HIT ME WITH YOUR RHYTHM STICK

 汗だくに、キーンと耳鳴り、足は疲労でくたくたになり、心地よい疲労とさめやらぬ興奮で水道橋駅にとぼとぼと向かったものだが、これがライブって奴か!とちょっと放心したなぁ。

 ロッキンオンのチケットプレゼントは、オレには何故か相性が良かったようで、その後もLimbomaniacsというクソバンド(チリペッパーズよりもすごいだって? は?未消化の借り物音楽ゴチャマゼバンド)、Stevie Salas Colourdodeのライブが当たったなぁ。

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# by kararachan | 2017-04-27 17:19 | 音楽 | Trackback | Comments(0)