竹原ピストルが紅白出場だって!

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 車の移動時につけていたラジオは、紅白歌合戦の出場者が決まったと云う話題で盛り上がっていた。紅白なんか見ないし、全く興味がないしで、聞き流していたのだが、初出場の歌手について話している時に、思わずその彼の名前を叫んでしまった。
「竹原ピストルが紅白に出るって!!」

 野狐禅のライブは1度だけ見た事がある。2004年の10月19日、北見のオニオンホールで行われたライブだ。その日は野狐禅なんて聞きなれないバンドを聞きに行ったのではなく、対バン(どうもこの言い方がオレには馴染めないなぁ。昔で言う前座だよな)の早川義夫が聞きたくて北見まで足を運んだのだ。早川さんの歌をこんな辺境の地オホーツクで聴けるとは思っていなかっただけに、とてもワクワクして会場に足を運んだ。

 オニオンホールは、もともとは名前の通りで、北見名産玉ねぎの貯蔵庫だった建物をライブハウスに改築した、こじんまりとした小屋。ゼップなんかと違ってボロ臭く小さく、場末のライブハウスと言った風情が逆に良い感じだとオレは思っている。
 会場に入ってオレは驚いた。ライブハウスなのに、イスが並べてある。しかもかなりまばら、全部で20客ほど。これはどういう事だ? でも、事情はすぐに分かった。野狐禅、早川義夫なんて組み合わせじゃ、チケットなんか誰も買わないのだ。この文化不毛の地・オホーツクじゃ。
 そんな訳で、客がどう多く見積もっても、っていうか一人一人数えられる、15名程度しか客が入っていないライブが始まった。客はオレ以外野狐禅が目当てで来たのだろう。早川さんが曲を歌い終っても無反応。誰一人拍手すら起こらない。若い観客には、なんだこの異様なオッサンの歌は? としか思えなかったんだろうな。オレが心を込めて拍手をしだしてから、ようやっと他の客も歌い終ってから拍手をし出した。こんな程度の事でも、誰もしない事を一人始めるって云うのは、勇気がいるなぁ。小心者のオレ。

 早川義夫さんのステージが終わり、次は野狐禅。オレはこのバンドについて何も知らない。名前だって、このコンサートの告知で初めて知った。どんな音楽をやっているのか、どんな編成なのかすら知らない。もちろんメンバーの顔すら知らない。
 手ぬぐいを被った、何処かの飯場で働いている方がお似合いのごっついローディーらしき男が出てきて、上手にアコースティック・ギターのセッティングをしていた。ステージ中央にはキーボードが1台。どうやら楽器はギーターに、キーボードらしい。フォーク見たいなバンドなんだな。
 やがて、その飯場のあんちゃんは奥に引っ込み、客電が消える。たいして広くもない会場を埋め尽くす、たった15人ほどのスカっスカの観客。一音一音がはっきりと聞き取れるまばらな拍手が起こる。オレもこのバンドに全く期待なんかしていなかったが、礼儀なので力の抜けた拍手を送る。
 すると出てきたのは、さっきの手ぬぐいを頭に巻いた、あんちゃん。そのあんちゃんはおもむろにギターを担ぎ、そして中央キーボードには、横浜マリノスの中村俊輔似のもやしっ子みたいなひ弱なアンちゃんが着席する。そういえば彼も楽器のセッティングをしていたようだが、なんだか幽霊のように影が薄いのでミュージシャンだとは露とも思わず。

 飯場のアンちゃんに、中村俊輔似のもやしっ子の2人組のフォークバンド。ますます期待は盛り下っていった。
 ところが歌が始った瞬間から、会場の空気がさっと変わる。飯場のあんちゃんの野太い、歌うと云うよりも叫ぶと云う方がより適切だろう、歌声。弦よ、指よ削れて無くなってしまえと言わんばかりに弾き鳴らすアコースティックギター。これはもうフォークではなく、フォークギターのパンクバンドだった。彼らの歌は何一つ迷いが無く、絶対に誰かに届くんだという確信に満ちて、堂々としていた。飯場のあんちゃんが、不動明王のようになんのブレも無く、心の底から歌を歌い上げていた。

 何も知らず、初めて知ったのがライブなんていうバンドの出会いはこれが初めてで、月並みな表現だが、まさにオレはノックアウトされた気持ちだ。実際に竹原ピストルはアマチュアボクサだっただけに、この表現がぴったり。立ち上がれないくらいに、ノックアウトされた。客よりも空間のほうが遥かに多いスカスカのライブハウスで、野狐禅は何一つ手をゆるめる事なく、一人一人の客を素手で殴り倒すかのように、音でノックアウトしていった。今思い出しても、このライブは熱かった。この2人なら、客が一人も入っていなくても、満員の会場で演奏するように、熱演するだろう。
 スカスカの会場の空間は、彼らのエネルギーが埋め尽くして、今思い出しても超満員のライブハウスで野狐禅を聞いていた様な錯覚を覚える。

東京紅葉 / 野狐禅

 もしこの時早川義夫さんが前座で出なければ、オレはこの野狐禅というバンドを知る事は一生無かっただろう。早川さんが野狐禅に導いてくれた。いや、オレが聞くべき音は、どんな手段を使ってでも、オレの耳に届くようになっていると、オレは思っている。


ぐるぐる / 野狐禅

 それがオレと野狐禅との出会いで、彼らの1stアルバムやシングルはずいぶん買い集めて、繰返し繰返し聞いたものだ。こういった音が好きそうな友達にもCDを聞かせたりして、野狐禅の普及にずいぶん貢献したと思うのだが、彼らがブレークする日はついにやって来ず、2009年にあえなく解散してしまった。残念だった。
 松本人志がずいぶん野狐禅の事をかっていたようで、「こういうのが売れないといけない」なんて言っていたらしい。残念だけど、松本人志みたいなクソ面白くもない奴に評価されたと云うのが、野狐禅の一番の不幸だと思う。あんな才能のない奴に才能を認められるって悪い冗談にもならない。松本お墨付きじゃ、誰も聞かないだろう。貧乏神に取り憑かれたようなものだ。つくづく残念だ。

さらば、生かねばらなぬ / 野狐禅

 そんな野狐禅だったが、解散後も2人のメンバーは音楽活動を地道に続けていた。特にここ数年、飯場のあんちゃん・竹原ピストルの名前を新聞の番組欄なんかで見かけるようになり、おや? と、ちょっと思っていたのだ。「竹原ピストル登場!」なんて番組紹介に書かれていたりして、彼もちょっとは売れてきたのかなぁと最近思っていた。

拝啓、絶望殿 / 野狐禅

 そうしたら、なんと紅白歌合戦に出場すると云うではないか。これはかなりの驚きだった。エレファントカシマシが初出場するのよりも、竹原ピストルが出る事の方がよっぽどショックだったよ。いったい何を歌うのか? 多分野狐禅時代じゃなく、ソロになってからの歌を歌うのだろう。ギター1本か? それともバンドが付くのか? 竹原ピストルなら、バンドなんか無くても、ギター1本でもロックバンド並の迫力が出せる。彼はそんな歌手だ。

 そんな訳で、いつもは見ない紅白歌合戦だが、竹原ピストルとエレファントカシマシには注目なのだ。宮本はちゃんと歌うのか? 何かやらかすんじゃないのか? そちらの方も楽しみだ。

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# by kararachan | 2017-11-18 15:36 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

印刷屋は年末が書き入れ時

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 気がつけば今年も、もう残り1ヶ月半になってしまった。のんびりとしていたら、気がつけば毎日残業しなければ仕事が貯まる一方。何で忙しいのかと思えば、そりゃああなた、もう年末モードですよ。
 そんな訳で、このブログは更新が滞っておりますです。書きたい事も沢山あるのだが、いや書きかけのだって原稿用紙換算で20枚程にもなるのだが(思いついた事をちゃちゃちゃと書いた原形、しかも複数のテーマを平行して書いてしまうくせがある)、それらをちっとも完成形に持って行けない。

 年賀状印刷しますよ! のチラシをつい先日新聞折り込みしたのだが、反応はさっぱり。まだ10件程しか仕事が来ていない。年々受注が落ちてきているのと、もともと11月は申込が少ないんだよね。年賀状担当者としては、ちょっと焦る。今年の冬のボーナスが出るかでないかは、年賀状の受注数に影響されるのだ。

 とはいっても、それ以外の仕事が多くやって来て、しかもこの忙しくなってきた時に女房は千葉に帰省。空港への送り迎え、家事で時間が取られる。まあ、それは仕方ないんだけどね。年末だねぇと諦めモード。
 まあ、仕事が忙しいのは、それだけ稼げる訳で、残業がなければ高校生のアルバイト代みたいな給料になってしまうので、女房1人に犬1匹の家を支える爪楊枝みたいに細い大黒柱としては、ここぞと頑張って働いているのだ。

 こんな時だからこそ、自分へのご褒美としてマカイバリ茶園の紅茶・2018年もののオータムナルを買ってしまいたいところだが、とても賢い首相の経済政策が功を奏して大企業の決算以外は不況のど真ん中美しい国・ニッポン。そんな贅沢は今月はグッと我慢なのだ。株価が上がって儲けたもうけたと言っている人は、手仕舞いしてこそ初めて儲けたになるのだ。そんな人に限って、ちょっと株価が下ると売れなくなり、結局のところずいぶん値が下ってから売却。だから儲け損なう。そして株価が高い時に良い気になって、高い買い物をしていて、後から苦しむ訳だよ。
 そんな訳で、ご褒美は給料が出てから。
来月までオレの分は残っているのかちょっと心配。

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# by kararachan | 2017-11-16 10:45 | その他 | Trackback | Comments(0)

愛は心の仕事です! 真のロッカー菊池桃子

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 昨日の相棒16は菊池桃子が出演していて、久しぶりに彼女の顔を見たなぁと、楽しんだ夜だった。1人だけ目立つ出演者がいる時は、その人が犯人の事が多いんだけど、やはり菊池桃子が犯人だったというオチだった。
 それにしても彼女、オレと同じ年に生まれているからもう50歳になる。未だにメンコイのが見ていて嬉しいね。別にオレは菊池桃子のファンだった事は1度も無くて、というかほとんど興味が無かったのだけれど、同い年でメンコイままでこの年まで活躍しているのを見るのは何だか嬉しいものだ。
 その菊池桃子なんだけど、彼女が売れ出した頃、オレが高校生の頃だったと思うんだけど、町で一つの噂が流れていた。斜里駅の前に斜里館という老舗旅館があるんだけども、そこの社長の孫が菊池桃子だという。そしてそれは噂でなくて、本当の事なんだそうだ。菊池桃子の母親は斜里町出身。斜里館の社長はその親という事で、当時この日本の鬼門、知床の街でその事がちょっとした話題になったもんだ。爺ちゃんがいるからといって、別に菊池桃子本人がアイドルとして売れてからも斜里に来たなんて話は無かったのだけれども、当時街を歩いていたらばったりと遭遇しそうな気になっていたものだ。

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 さてその菊池桃子さん、80年代の末に突然ロックバンドを結成するなんて発表して驚いた事は良く覚えている。当時はアイドルが何でまた???だったんだけども、今になって振り返ってみれば彼女なりに良く考えていたよなと思えるのだ。
 菊池桃子が作ったロックバンドはラ・ム―。1988年に結成。当時のオレはTVなんて持っていなかったのと、月曜から土曜日まで昼はアルバイト、夜は10時まで勉強の2部大学生だったから、TVなんか持っていても見る暇なんかなかったのだ。ただ何をトチ狂ったのか、ロックバンドを作ったというニューズだけは目にしていたから、良く覚えていた。鳴り物入りでデビューしたから、レコード屋か何処かでラ・ム―の音は聞いたのだが、なんとも軽い音で、当時のオレは、ロックを舐めているのか? と思っていた。

愛は心の仕事です / ラ・ム―

 アイドルと云う自由のない世界から、ロックという自由な世界で生きようと必死になって歌っている様がひしひしとこの映像から伝わってくる。

 今になって考えてみると、1980年代の後半はもうアイドルという存在が終ってしまった時代に入るんだよね。60年代から続く、たった1人マイク1本片手に数千人のファン相手に歌を歌うなんていうアイドルは、その頃には急速にすたれていった。菊池桃子は頭のいい人だから、その辺りの終焉感をいち早く感じて、アイドル商売に見切りをつけたんじゃないかな。そして時代はバンドだと。それと20歳を超えてアイドルとしての賞味期限切れも自覚していたと思う。

 ラ・ム―の音はR&Bを基調にしていて、黒人コーラスも2人いるなど、当時としてはかなり時代の先を行っていたように思える。今なら猫も杓子もこんな音ばかり。そして、時代は空前のバンドブームを迎えようとしていた。
 残念ながら、菊池桃子の軽い声質はそういう音楽に全く不向きで、全然曲にあっていなかったなぁ。何にしても、彼女の活動は時代よりもちょっと進んでいたと思う。惜しむらくは、彼女の声質にあった楽曲ならもうちょっとは売れたと思うんだけどね。

 そういうわけで、相棒に菊池桃子が出ているのを見て、ラ・ム―の事を思い出してこれを書いて見た。失敗に終ったけれど、彼女の選択は正しかったと思うよ。そして当時、その事をもっとも正しく評価していたのは大槻ケンヂ。

 大槻ケンヂは言う「本当のロッカーとはな、ラム―のボーカリスト、菊池桃子さんだぁぁぁぁ」

パンクでポン / 筋肉少女帯

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# by kararachan | 2017-11-02 17:10 | 音楽 | Trackback | Comments(4)

紅茶の日にちなんで

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 今日11月1日は紅茶の日なのだそうだ。チャッ、チャッ、チャッ、茶、ドンチャックぅ! 


 へー、大黒屋光太夫という人が、日本人として初めて茶会にお呼ばれしたことを記念して紅茶の日になったそうだ。オレの場合毎日が紅茶の日。毎朝その日の気分の紅茶をたてて、それを水筒に入れて会社に持って行き飲んでいる。まずいゴーゴーの紅茶なんか買うよりも美味しく、しかも圧倒的に旨い! 偉そうな紅茶研究家とやらが監修したらしいが、ちゃんと仕事をした方が良いと思うね。

 今年は紅茶好きにとって、ダージリンのストライキはとっても気掛かりな事件だった。幸いなことに先月、3ヶ月にも及ぶゼネストはインド政府の介入で和解して終了した。オレの大好きなマカイバリ茶園も、その間ほとんど紅茶の製造どころか、茶樹の手入れも出来ない状態だったそうだ。茶畑が伸び邦題のジャングルになってしまったとか。紅茶好きには災難の年だったよ。こんな嗜好品を楽しめるのも、平和だからこそ。戦争なんて、戦争屋が儲かるだけで、そういうウジ虫に群がる連中以外何一つ良いことが無い。平和の有難さを噛みしめながら、紅茶をいただく。


 今現在飲んでいる紅茶は、気に入った茶園のものをいろんな業者から通販で取り寄せて飲んでいる。何とも便利な世の中になったものだ。子どものころなんか、オレンジペコだの、ダージリンだの、プリンスオブウェールズと書いてある缶の紅茶を選ぶか、あとは日東紅茶だけだった。茶園で茶葉を選ぶなんて想像もしていなかったなぁ。
 そんなわけで、今では偉そうにマカイバリ茶園のオータムナルのシルバーティップスが最高だとかほざいているけれども、もともとはTwiningsのPrince of WalesやEarl Greyとか、どこでも手に入る紅茶を飲んでいた。中学生の頃だと、TwiningsのPrince of Walesは憧れの紅茶だったよ。田舎じゃ、それが一番高価な紅茶だったのだ。

 なので、今でも時たま飲みたくなる。そんなTwinings のPrince of Walesなのだが、なんと、というかやっぱりなというか、日本で売られているものと、輸入品と現地Englandで売られているものは質が違うという。どうせ日本人なんかにゃ、紅茶が分かるまいと馬鹿にされているのか、Englandの人が五月蝿過ぎて質を高めたのか? 同じ名前で売られている紅茶が、国内外でこんなに違うものだということを検証しているブログを見つけてしまった。これはかなり興味深い。


 なんだかんだ言って、Prince of Walesで始まったオレの紅茶ライフ。とっても気になるのだが、オレはこんな呑み比べはやらない。今のオレの紅茶を選ぶ規準は、オーガニックだったり、自然農だったりする。オーガニックだったらなんでも良いのかというと、中には粗悪で不味いものがあったりして、いくらフェアトレードでも、そういう不味いものは二度と手を出さない。
 なんでオーガニックにこだわるかというと、ただ一つ「農薬」。それに尽きる。紅茶の生産にはかなりの農薬を使用するようなのだ。毎日飲むものだから、安全なものを選びたい。ネオニコなんかもずいぶん使っているんだろうと思う。国が、企業が安全だといっているから心配ないよと言う人は、どうぞ何も考えないでそういう製品を摂るが良い。それはその人の選択で、オレの知った事じゃない。でも、オレはそういう製品は「排除する」。

 そんな人の事はどうでも良いや。こうして毎日美味しく紅茶をいただけるのは、遠くはるか彼方の茶葉で働く皆さんのおかげ。多少高くても、そういう人がちゃんと報われる製品を買いたいと思うので、オレは特にマカイバリ茶園の紅茶をお勧めしている。


 紅茶だけに、ついつい今日も長々と書いてしまったなぁ。チャッ、チャッ、チャッ、茶、ドンチャックぅ! はあぁぁぁあ、ドン・チャックぅ。

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↑これはヤマネズミ・ロッキーチャック。

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# by kararachan | 2017-11-01 16:52 | 紅茶 | Trackback | Comments(0)

自分との対話

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 2年前に開設したこのブログだが、当初数件の投稿をしただけでその後はずっと開店休業中だった。それなのに今年の2月になってから何故か頻繁に投稿を繰り返し、気がつけばもう120を超える記事を書いている。
 自分でもなんでそんなに書く気が湧いたのかさっぱり判らなかったが、何かにとり憑かれたように書き続けてきた。

 もともとオレは人と会ったりするのが苦手なたちで、一番好きな時間は1人でいるときだったりする。でも、引き篭もりのネトウヨじゃないから、平均よりは劣るだろうがそれなりに社交性もあったりする。でも最近はほんと人と会うのがしんどくて、とくに休日なんか、可能な限り人には会わないように、特に知っている人になんか会わないようにしている。まあ、会社には普通通りに仕事しているんだけども、それは別の人格を演じているようなものだな。犬のカーシャと散歩をしていて、前から人が、しかも知っている人なんか歩いてこようものなら、急に横道に入って会うのを避けるくらいだ。

 今年になって身近な人や、長年敬愛する人が続けて亡くなって、かなり鬱になっているようだ。自分ではそうとは気づいていなかったが。
 1月にJohn Wettonさんが亡くなった。彼はオレの最大のロックヒーロー。14歳の時に彼の声を初めて聞いてから、未だに聞き続けているミュージシャンの1人。愛聴とはまさに彼の声にこそ相応しい言葉だ。
 3月には10歳からの友達が心不全で突然亡くなった。亡くなる1週間ほど前にはメール交換したばっかりだったのに。
 9月には会社の社長が亡くなった。脳梗塞で倒れて7年。結局の所最後までまともな社会生活を送れるほど回復する事がなかった。

 そんな事がじわじわとボディーブローのように、効いているんだろう。人と会うのがつくづく嫌になった。休みの日は誰にも会わず、1人庭でただひたすら薪割りに集中しているのが心地良い。

 さて、なんで今年になって長らく休眠状態のこのブログを頻繁に更新するようになったかと云うと、それは自分との対話なんじゃないかなと気がついた。今年はオレにとって今までの人生で一番忘れられない歳になってしまった。このブログのテーマは自分の好きなものについて書く。だが実際には、好きな音楽や文学等々を口実に、そんな自分の心と対話している話が多い。自分の中の自分との会話がこのブログの投稿なのだ。

 こんな内容のブログだと云うのに、ごく数人毎日このブログを覗きにに来てくれる友達が居るのが嬉しい。

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# by kararachan | 2017-10-29 21:46 | その他 | Trackback | Comments(0)

何故田舎のレコード屋でプログレバンドのアルバムが充実していたのか?

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 斜里には1軒だけレコード屋さんが有って、それは尾張屋時計楽器店と云うんだけれども、子供の時からそレコードはそのお店で買っていた。中学1年の時にNHKの地元局の番組でKing Crimsonの歌を聴いた事が発端で、オレはプログレッシブロックの世界に迷い込んでしまった。もちろんそんなバンドのレコードがこんな田舎のレコード屋に売っていなければ、今のオレがなかったのかもしれない。
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 この年になっていろいろ過去を回想してみると、その当時は当たり前だと思っていた事が、ちょっと何かおかしいぞと気がつく事が有る。田舎のレコード屋さん、尾張屋さん。King Crimsonのコーナだけが充実していた訳じゃない、Pink Floydだって常時10枚以上はアルバムがおいてあった。Pink Floydはデビュー当時はサイケデリック・ロックだったんだけれども、その1stアルバムだって、尾張屋さんにはおいてあったのだ。E,L&P、Genesis、Moody Blues、Yes、Rick Wakemanの何とか王と8人の妻だったか何だかとか云うアルバムも店のレコードラックには置いてあったなぁ。Genesisといっても、Phil Collinsの時代じゃなく、Peter Gabrielがへんてこなカッコをしている時代のものが置いてあったのだよ。

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 そんな事極当たり前だと思っていたけれども、今よくよく考えてみると、かなり異常。当時の人口1万6千人弱の街に、そんなにプログレファンなるものが居るのだろうか? そりゃあ、今と違って洋楽リスナーは遥かに多かったろうが、にしてもプログレとなると、洋楽ファンに占める比率は多い訳がない。実際、オレが中学生の頃にはそんなバンドを聞く同級生なんか1人もいなかった。なんなんだこれは? 高校生になり網走に汽車で通学するようになると、暇な時間はもちろんレコード屋で時間を過ごすようになる。その中でも高間楽器と云う今は無いレコード屋さんが一番好きだったのだけれど、プログレだけで云うと尾張屋さんとそう変わらない品揃えだった。プログレなんてマイナーなジャンルで、レコードだなの隅でおとなしくしているのが普通なのだ。当時は(80年代半ば)ハードロック、ヘビーメタルが大きな顔をしているのが当たり前だったのだ。なのに尾張屋さんでは、プログレがかなりの幅をきかせていた。

 そんな訳で、なぜ斜里みたいな辺境の地のレコード屋さんでこんなにもプログレが充実していたのかがとても謎だった。当時の尾張屋さんの社長は20年位前に無くなっている。今はその息子が社長を継いでいるが、つい先日オレの会社の社長の葬儀の時にちょうどその社長と顔を合わせたので、その事について聞いてみた。てっきり先代社長がプログレ好きだったのではと思って質問したのだが、意外な答えが返ってきた。

「今と違って、当時はレコードの仕入れって、セールスの人(問屋さんだよねきっと)の勧めるままに在庫を決めていたんだよ」と。「だから、セールスの人の趣味がとても反映されていて、きっとそのセールスの人がプログレが好きだったから、そういう事になっていたんじゃないかなぁ。」
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 なんとも、真実とはチンケなものなのだろう。ディスコモノなんかが大好きだった田舎の少年が、こんなにもどっぷりとプログレ好きになってしまったその原因は、単にセールスマンの音楽趣味がプログレに片寄っていたからだったとは。いったいそのセールスの人がどういう人なのか解らないが、音楽趣味の同調率が90%は超えるだろう(笑)。

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# by kararachan | 2017-10-22 23:25 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

つくづく、歳を取ると緩むなぁと実感‥‥… 失敬な、緩んだのは膀胱ではない、涙腺だよ。「僕のワンダフルライフ」

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 先週の日曜日に映画「僕のワンダフルライフ」を見に行った。おおまかなストーリーを読んだだけで、トレーラーを見ただけでうるうるしていた映画だったが、女房を誘って見に行ってしまった。
 北見のイオンシネマは客の年齢層が低いんだろうか、残念なことに字幕版の放映はされておらず、仕方がないので吹き替え版で見た。

 さてさて映画が始まってみると、やはりどうしても吹き替え調の日本語が気になって仕方がない。声優さんは一生懸命に仕事をしているのだけれど、家のテレビで観るのと違い音質が良過ぎてスクリーンから言葉が浮いて聞こえるのだ。この違和感だけは最後までついて回った。

 吹き替えの不自然さに冒頭から違和感を感じ続けていたのだけれども、そんな事お構いなしに、涙腺は緩みっぱなしだった。
 少年イーサンと大の仲良しのゴールデンリトリバーのベイリーは、何度も生まれ変わり、いろんな犬になり、いろんな犬生をおくる。そしてセントバーナードのミックス犬として生まれ変わったベイリーは、すっかりおっさんになってしまったイーサンとやっと再会する。孤独な中年親父になっていたイーサンは、ベイリーのおかげで昔の彼女と再会。高校時代の怪我が原因で失ったと思っていた青春をとりもどす。そしてその犬が、かって子供の時に愛してやまなかったベイリーが、生まれ変わって再び自分の元にやってきたと云う事に気がつく。
 もう、老衰やら、事故やらで犬との別れのシーンの度にもう泣けて泣けて仕方がなかった。というか、映画を見る前から、何だか涙腺が震えていつでも、涙放出準備O.Kという状態だったよ。いやはや全く。中年夫婦がボロボロ涙を流して映画を見ていた訳だ。

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コーギーにも生まれ変わりました。

 今現在わが家には1匹ラブラドール犬がいるんだけども、その前に飼っていたやはりラブラドール犬は、オレが始めて飼った犬だった。先代犬・カララは子犬から育ててきただけにとくに思い入れが強い。今でも、またカララに会いたいなと思って切ない気持ちになる。生まれ変わって、またオレの所にやってきてくれないかなんて真剣に思ってしまう。初めて飼った犬と云う事もあり、慣れないためにずいぶんカララには酷い事をしてしまった。カララは生まれ変わっても、オレの所にはもうやっては来ないかな。もっとかわいがってあげたら良かったと、今でも後悔している。だから、今わが家にいるカーシャには、後悔しないように十分すぎる愛情を注ごうと思っているのだ。

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ジャーマン・シェパードに生まれ変わって、優秀な警察犬として大活躍
勤務中に犯人に銃で撃たれて殉死。

 犬、人間問わず、生まれ変わりなんてあるのか? 本当にそういう事が有るのかどうかは判らないが、何頭も犬を飼ってきた人の中には、以前飼っていた犬が再び生まれ変わってやってきたんじゃないか? と思う事が有るそうだ。ひょっとすると、今わが家にいるカーシャも、前世なんてものが有るんなら、その時一緒にいた犬だったのかも? なんて想像してみたりする。一人暮らしをしてから犬を飼い始めたのだが、それまでの犬のいない生活がなんだか不自然に思える。それまでの人生に足りなかったものとは犬だったのだ。

 「僕のワンダフルライフ」の原題はDog's purpose、犬の生きる目的、意味って云う風にでもとらえればいいのかな。邦題がちょっと何だかなぁと思うのだが、オレが高校の時にローマンホリデイと云うバンドがデビューして、その1stシングルが「Don't try to stop it」。だけども日本語タイトルが「おいらは張り切りボーイ」だってさ。それに比べたら遥かにましだ。
 さて、この犬の目的ってなんだろう? と、映画を見終わってから思いを巡らしてみた。劇中で、犬のベイリーが犬の生きる意味について語っていた気がするが、なんせ涙涙涙だったもんで、すっかり忘れてしまったよ。

 オレが思うに、日々その日その日を最大限楽しむ、それが犬の目的なんじゃないかな。過ぎ去ってしまった昨日の事なんか考えていてもしょうがない。まだ来ぬ未来の事をあれこれ考えてもしょうがない。今、今、今その時その時の一瞬をひたすら楽しむ事。それに尽きるんじゃないか。そうと云うのも、わが家の愛犬・カーシャを日々見ていると、そうとしか思えないのだ。これって、人間も同じだよな。その日その一瞬を大事に、人生を楽しむ事。人生を楽しまないなんて、損しちゃうよ、と。

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最後はミックスの大型犬です。
イーサンの愛のキューピッド役までやりますデス。

 洋画というのは字幕で見るものだと思っている旧世代のオレなのだが、今回初めて映画館で吹き替え版の映画を見た。スターウォーズで「ルーク、オレはお前の父親だ」なんて、ダースベーダーが喋ったら吹き出してしまいそうになるのだが、今の若い子達はそれが普通なんだろうな。どうも字幕を読み取れない、そんな人が増えていると云う話を聞いた。日本語能力が十分じゃないのに、小学生から英語教育。何かおかしいと思いませんか?

 それはともかく、「僕のワンダフルライフ」この映画の監督は、オレにとって一番大事な映画「My life as a dog」を撮った監督。淡々と物語が進むのは彼の手法なのだろうか? 気がつけば物語に引き込まれている自分がいる。何度も生まれ変わり、再び大好きな飼い主と再会すると云う筋を縦の線とするなら、少年イーサンの人生が横の線だろう。希望に満ちていた少年イーサンがとある事故で挫折し、彼女ともお別れしてしまう。そのまま偏屈な孤独な中年親父になったイーサンが、生まれ変わったベイリーの働きで、再びその彼女と再会して結ばれると云う、ちょっとほろ苦いストーリーが横の線。縦横の線が合わさって、より映画の味わいを深くしているのは監督の技量なんだろうと思う。
 今度は字幕版でこの映画を見直してみたいな。

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# by kararachan | 2017-10-21 23:03 | 映画 | Trackback | Comments(0)