People are strange – オレもstrangerなら、あなたもstranger

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 20年も同じ席に座って、同じ仕事していると机の上の小物の配置を替えたり、少しだけテーブルをずらしてみたりして、気分転換をしてみたくなる。意味なく鉢植えなんか持ってきちゃって、鉢をひっくり返してテーブルの上が土まみれになって憤慨なんかしている。同じ所にいるって退屈な事なんだけども、根が生えるくらい同じ所にいると、そんな感覚も麻痺してしまう。クラス替えがあればいいのに.....。

 子供の頃、クラス替えって言うのは一大イベントだったなぁ。かわいいあの子と一緒のクラスだったら良いなとか、嫌いなあいつとは違うクラスなればいいのにとか。クラス替えはいろいろ思いが複雑に交錯したものだ。たいがいは自分の思いとは正反対になって、かわいいあの子は遠く離れたクラスに、嫌いなあいつとは机を並べる羽目になったりする。

 新しいクラスになってしばらくは、クラス内に何とも言えない変な氣が充ち満ちていて、しばらくは居心地が悪かったものだ。男子としてはクラスにどれだけメンコイ女子がいるかが気になる所だが、見渡せばブスばかり。これから2年間こいつらと過ごすのかと思うと、暗澹たる気持ちになったものだった。

 ところが不思議な事に1ヶ月もすると、前のクラスよりもこのクラスのほうが楽しいや、なんて思えてきちゃったりする。女子もなんだか、みんなメンコク思えてきちゃったりして。最初クラスに入ってきた時、なんでブスばかりだって思ったんだろうと不思議に思えてくる。

 誰でも初めて会う時は見知らぬ人で、子どもだろうがそれは変わらず、相手がどういう人か分からないうちは、自分の手の内を明かさないもんだ。警戒。どうしても顔は強張っちゃったりして、笑っても不自然だったりするのは当然だと思う。そのうちお互いの共通項なんか見つけて、だんだんと慣れ親しんできて、気がつけばそれまでの警戒が嘘だったみたいに仲よくなってしう。人って不思議だよ。

People are strange / The Doors

 The Doorsの曲の中で一番好きな歌の一つが、このPeople are strange。知らない人の中にオレ1人混じってしまった、そんな気まずさをこうも端的に表現して、しかも名曲に仕上げるというのは、まさに才能だろうな。
 だれもが感じ、目にするありふれた些細な日常の風景を切り取り、それを歌にする。詩人は別に常人を越えた表現力を持っているわけじゃないのだ。ただ普通の人が見逃すそんな些細な不思議を見逃さず、見つけ、そして言葉に置き換える、そんな集中力と、観察力を持っているのが詩人なんだと思う。

People are strange when you're a stranger
Faces look ugly when you're alone
Women seem wicked when you're unwanted
Streets are uneven when you're down

When you're strange
Faces come out of the rain
When you're strange
No one remembers your name
When you're strange
When you're strange
When you're strange

People are strange when you're a stranger
Faces look ugly when you're alone
Women seem wicked when you're unwanted
Streets are uneven when you're down

When you're strange
Faces come out of the rain
When you're strange
No one remembers your name
When you're strange
When you're strange
When you're strange

When you're strange
Faces come out of the rain
When you're strange
No one remembers your name
When you're strange
When you're strange
When you're strange

 この曲を初めて聞いたのは渋谷陽一のサウンドストリート。たぶん1984〜5年の事だと思う。その日はサイケデリックロック特集で、Jimi Hendrixやらなんやらの曲が取り上げられていたが、渋谷陽一曰く、これぞサイケデリックの1曲がこの曲だと紹介していた。そんなクソ見たいな評論はどうでも良いが。
 誰もが他所者の時に感じるこの違和感。周囲から浮いているこの不快感。そんな感情を、こうも透明な感性で、怜悧に描ききっている、この冷めたJimの感性はサイケデリック・ロックのもっとも対極にあるものにあるものだとオレは思うな。醒めた、目覚めた知性の描写、それはJimのどの歌にも共通する。

 それはともかく、この曲を聴く度に、クラス替えの最初の日の事をオレは思い出してしまうのだ。オレはStranger。みんなもStranger。みんな仲良くStrangerなのに、一人一人孤立している。まさにPeople are strangeだ。

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# by kararachan | 2018-01-16 12:02 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

知床の山小屋にイギリス人の老人が住んでいたら、それはDavid Bowieかもしれない

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 ジョン・ケネディー大統領が殺されたニューズを聞いた時、その時自分がしていた事をよく覚えているものだと語ったのは、フレデリック・フォーサイスの作品オデッサファイル。その小説では、ラジオからJFKが亡くなったと聞いて、主人公は思わず路肩に車を止める。その時近くを通った救急車に注意をひかれた事から、ナチ残党の秘密結社の正体を暴く事に繋がる。

 去年の1月10日、正月も終わり、今日はお寿司でも食べに行こうと、女房と鮨屋に出掛けた。店は混んでいて、カウンター席に着く。隣には初老の夫婦が座っていた。自分たちの鮨が来るのを待っていると、別に聞いていたわけではないのに隣の夫婦の会話の一言が2人の耳に突き刺さった。「デビット・ボウイって人死んだって」。オレと女房は思わず顔を見合わせた。「ねえ、今の言葉聞いた!?」

 David Bowieが死んだというニューズを聞いた時自分が何をしていたかと云うのは、一生忘れられそうもない出来事だ。オデッサファイルの冒頭のように。まさかそんなニューズを鮨屋で、しかもデビット・ボウイの事なんか何も知らなそうな初老の夫婦から聞かされるとは。その後すぐ、千葉に居る女房の妹から女房の携帯に興奮した電話が入る。「ねー、お姉ちゃん、David Bowieが死んだって、TVで言ってるよ!」

 この時はとても驚いたな。David Bowieが死んだって、だってつい先月新譜を出したばっかりじゃないか。しかも何年か前に音楽業界から引退するって宣言して、隠居していると思っていたのに、唐突に新譜が発売される。新譜が発売されたばっかりなのに、死亡が発表されるなんて、なんなんだこれは?

 David Bowieには振り回されっ放しな気がする。

 それからしばらく世間は、というかオレの目に留まるニューズはDavid Bowie一色だった。死の前日に撮られたと云う写真も公開されていた。なんて良い表情をした写真なんだろう。昨日のBBCにDavidの専属カメラマンの短いインタビューが出ていた。Davidはいつでも笑っていた。笑顔でいたと証言していた。ほんと、この最後と云われる写真もなんて良い笑顔なんだろう。とても次の日に亡くなる人の顔とは思えない。氣力も充実していて病人ぽく無いのだ。

 David Bowieは1967年デビューしてから、常に変わり続けた男として知られる。Ziggy Stardust Aladdin Saine、アートロック、そしてスーパースター。最後は隠居したと思わせていきなり新譜の発表、そして死亡。

 このDavidの死が、オレにはあまりにも唐突で、まるで誰かのシナリオにそって演じられているように感じてどうも疑わしいのだ。人が病気で死ぬって、こんなに綺麗な事じゃないよ。奇しくも同じ月の1月31日に亡くなったJohn Wettonさんなんか、ツイッターで「今日は3回目の抗がん剤治療」とかつぶやいていた。そして11月には結婚の発表。その時に公表された彼の顔写真を見たファンは凍りついたよ。そのJohnはかっての彼の顔を知るものとしては受け入れがたいほど、やつれ、衰弱した、まるで骸骨の様な顔をしていた。これがJohnなのか?とオレは目を疑ったよ。典型的な抗がん剤で衰弱し、殺されて行く人の顔。その同じ顔をオレは母親で逐一見ていたので、その瞬間こう思った。この顔はもうそう長くは持たないと。

 ところがDavidにはそんな人が死に向かってやつれ衰えて行く、そんな汚れが待ったないのはなんで何だ? 最後の写真の晴れ晴れしい事。彼の死は、あまりにも綺麗すぎなのだ。死んで行くものの汚れが全く感じられないのだ。あまりにも唐突で、なんだか計算され尽くされていて(新譜をだして死が発表される)、いくらスーパースターだからだって、そこまで鮮やかに死ねるものなのか?

 そんなわけでオレは、David Bowieの死には疑問を持っている。David Bowieは実は生きているんじゃないかって。
 これまで変わり続けてきたDavid。スーパースターを演じた次は、無名の市井の人として生きっていう人生を体験しているんじゃないか? つまり、偽装死。ロックスターとしてのDavid Bowieは死んだが、人間としてのDavid Jonesはまだこの世界の何処かで、70歳の老人として極ありふれた生活をしているんじゃないのか? 名前も、身分も変えて、アジアの質素な村で変わったイギリス人の老人として質素に今ごろ紅茶を飲んでいるんじゃないのか? これまでの長いアーティスト生活で味わえなかった無名の人。
 変わり続けた彼の人生の最後に選んだのは、無名の市井の人。オレは彼のこの綺麗な死にどうしても納得がゆかず、偽装死で又別の人生を楽しんでいるんじゃないか、誰からも注目されない静かな暮らしを楽しんでいるんじゃないかって気がして仕方がない。だから何一つ、David Bowieの死に関しては悲しみはない。
 
 David Bowieもモデルにした、「Velvet Goldmine」って云う映画もあるじゃないか。ある日突然消えたグラムロックのスーパースターは別人になって歌っていたって
云う映画。David Bowieは、これを地でいっているんじゃないのかな。



 ある日突然、私たちの前にDavid Bowieの全曲新録、新曲の新譜が発売される。オレはそんな日が来たとしても、世界中が驚いても、オレは驚かない。David Bowieは今も生きていると、確信しているんだから。
 ひょっとしたら、知床の山小屋で暮らしていたとしても不思議じゃないぞ。こんな人口1万2千人も居ない町なのに、ドイツ女が6年前から住んでいたと云う事をつい先月知った。山小屋で奇妙なイギリス人の老人が暮らしていたとしても、おかしくないじゃないか。

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# by kararachan | 2018-01-13 10:39 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

The year of dog. The year of Rock!

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 今年は戌年と云う事で、もうなんのひねりも無いけど、犬の歌をちょっと思い出してみた。以前にもオレの先代犬カララの命日に似たような投稿をしているけれども気にしないでくれ。犬と云えども、オレのブログなんでいやらしく腰をくねらすリーゼント歌手や、愛が全てさなんて嘯く偽善ソングなんか絶対に取り上げない。


ブルドッグ|フォーリーブス
 ハウンドドッグなんかクソミソなのに、フォーリーブスを取り上げるへそ曲がりぶり。しかもロックじゃない。
 オレが子供の時には彼らはとうの昔に全盛期が過ぎていたんだけど、この曲調と踊りが妙に子供心に訴えかけてくるものが有って好きだったなぁ。ついついトラブルが解決しない時に、ニッチモサッチモどうにもブルドッグと言ってしまうよw 長いゴムヒモなんか見つけた日にはついつい、手足にかけて伸ばしてしまうか、口にくわえさせて引っ張ってしまいたくなる(←それはゆーとぴあ)50歳のオレ。


I wanna be your dog / The Stooges
 犬と云えばこのパンクのアンセム、この曲を取り上げない訳には行かない。彼らこそGod father of Punks。スタジオアルバム版の重いこの強烈なギターリフは、今聞いてもシビレルねー。生まれてから死ぬまでパンクロッカー、Iggy Pop。オレもこう老いたいと思う。


野良犬|泉谷しげる
 泉谷しげるの好きな曲ベスト3を選べと云われたら、この曲は絶対にランクイン。歌詞もなんとも云えない寂寥感が泉谷しげるの詩人としての本領を発揮している。
 昨年末の紅白歌合戦を観て実弟は、「竹原ピストルは魂の歌手だ!」とかやたらほざいていたが、ハウンドドッグみたいなクソバンドが大好きな奴のセリフじゃないな。オレに言わせりゃ、泉谷しげるこそ魂の歌歌いだ。竹原ピストル? はぁ。あんなの泉谷しげるの二番煎じ、三番煎じじゃないかよ。←実は竹原ピストルは野狐禅の時から好き



Black dog / Led Zeppelin
 実はオレZed Zeppelinなんて好きじゃない。嫌いじゃないけども。1st、4th、Presence、Codaは聞き込むくらい聞いてはいるのだが、渋谷陽一が逆上しようが構わない、彼らはつまらない。オレ、甲高いだけの、表現力の無いボーカルって好きになれないんだよな。曲調も単純なリフの繰り返しで面白くも無い。そんな曲なのだが、まあよく聞いた事は聞いたので、取り上げてみた。
 昔ラジオでデーモン小暮が言っていた。この曲をなんかのフェスみたいなステージでジャムったそうだ。この曲を知らないドラマーに、ドラムは単純な繰り返しだから、と基本パターンとドラムのイントロだけを教えたそうだ。結局そのドラマー、コーダが解らず、いざセッションを終わりにしようとすると、件の冒頭のイントロに戻るので又やり直し。結局この曲を何十分も演奏したそうだ。どうやって終わりにしたんだろう?
 こんなメジャーな曲ビデオを貼らなくても良いかなと思っているのだが、一応貼ってみた。
 

ワンサカワンサくん
 子供の時によく見たアニメの、大好きだったワンサ君。もうすっかり内容なんか忘れてしまったが、この歌は明るく楽しく好きだったなぁ。←で、これまたThe year of Rockとなんの関わりが有る?


アベルカイン / 特撮
 これは犬の歌と云うよりも、歌詞に犬、犬、犬、犬と連呼するだけなんだけど。ボーカルが筋肉少女帯に似ているけど、正解。これは大槻ケンジのバンド。プログレチックで、パンクな曲展開が良いねぇ。


Seamus / Pink Floyd
 そして最後は、犬が歌うブルーズ。やはり戌年だけに、犬の歌じゃなく、犬がリードボーカルをとるこの歌で〆ようと思う。中学、高校とPink Floydは最もよく聞いたバンドの1つだったなぁ。その中でもこの歌については、なんの情報も無かったから、単に犬の遠吠えをSEとして使っている曲だとずっと思っていたが、まさかこの犬の鳴き声がメインボーカルだったとは。

 今日はやっつけ仕事だな。まあゆるしてくれ。犬の病気で少し書く氣力が衰えてきたので、リハビリと云う事で。


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# by kararachan | 2018-01-03 23:04 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

This time tomorrow.....

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 新年明けましておめでとうございます。今年も重箱の隅を針の先で突っつくような、ささいな事を大げさにかき立てるのを本旨に、更新を続けたいと思っていますです。

 今年も正月は自宅でのんびりと過ごした。千葉の義父には悪いなと思うのだが、犬がいて正月に預かってくれる所がないので、ここ斜里で毎年年越しをしている。
 今年も女房手作りのお節と雑煮の食事を頂いているのだが、去年の今も同じように正月を過ごしていた。去年の今ごろは同じような正月を迎えるだろうと、なんの疑いも抱かずに昆布巻き、黒豆をついばんでいた訳なのだ。

 だが、今年は去年と同じ重箱の料理を突っつきながら、果たして来年の今ごろは今と同じような正月を迎える事が出来ているのだろうかと頭の片隅で思案しているのだ。1年後どころか、明日になればこんな平安な生活が激変しているかもしれない。でも、そんな事は今この瞬間は想像すらしていない。

 今味わっているような平安なんて、ほんの一瞬の事。1秒後には全く変わった世界にすんでいるかもしれない。そんな風に思う出来事が、昨年の12月に起こった。犬の病気。それは去年一番の大騒動だった。
 12月の8日。犬のカーシャが夕ご飯を食べ残した。しかも半分以上。その日の昼にはいつも通りの食欲で完食したのに、突然ご飯を残したのだ。ラブラドール犬がご飯を残すなんて前代未聞。それが始まりだった。それから、食がどんどん細くなり、翌日の晩には全く食事を口にしなくなった。病院に連れて行き、結果判明したのは、アジソン病。連れて行くのが遅れたりした事もあり、一時腎不全を起し、死を覚悟してくださいと獣医に言われるほど病状が悪化した。そのあたりの事は以前に書いた記事を参照してちょうだい。


 明日はきっと今日と同じような一日だろうなんて、なんの根拠も無い願望。一日、いやたった1秒後には全てが激変するような事態が待ち受けているかもしれない。まして1年後なんか。明日の今は何が待っている?

This time tomorrow / The Kinks

 The Kinksのこの曲は、The Kinksが1970年に出したアルバム、「Lola Versus Powerman And The Moneygoround Part One」という、何とも長い題名の作品の一曲。明日の今ごろ、僕たちはいったい何処に居るのだろう? 何を知るのだろう? 何をしているのだろう? という不安を、美しいメロディーにのせて歌っている傑作曲だ。このアルバム、ジャケットがオレとしてはいまいちなんだけど、曲は粒ぞろい。どれもこれも必殺のメロディーに充ち満ちていて、とても大好きなアルバムの1つ。このアルバムについては、何時の日か又取り上げようと思う。

 The Kinksがこのアルバムを出した頃はRay Daviesはまだ20台半ば。その40数年後には騎士に叙されるなんて想像もしていなかったろう。ロックバンドとして売れはしたが、地に足のつかない浮ついた職業だけに、先の不安は常につきまとう。そんな心情を描いたこの曲。オレも20台の半ば頃にこの曲を聞いて、いったいオレはこの先どうなるんだろうな、このまま東京で死ぬまでサラリーマンなんかするんだろうか? なんて先の不安を感じていたりしていたものだ。
 それが50歳になっても、この曲が心に響く。昨日まで元気だった犬が、今日には病気になってしまい、明日には死んでいるかもしれない。それは、犬だけじゃなく、オレかもしれないし、女房かも、親父かもしれない。人は常に先の不安を抱えて、でもそれを見ないように、感じないようにごまかして日々を生きているんだな。

 50歳を超えて、40歳の頃には全然真実味がなかった死への不安をひしひしと感じるようになった。明日には何が有るのだろう? 何が起きるのだろう? たった一日で、がらりと変わってしまった我が愛犬。それは自分に起きる事でも有るのだ。そんな事を突きつけられた、去年の年末でした。

 「何でもない毎日が本当は記念日だったって今頃気づいたんだ」
 
 妻と向き合って食べる正月のお節料理。その食卓の下には、自分のご飯を待ちかねてそわそわしているカーシャがいる。そんなささいな日々の出来事が、実は本当に大切な事なんだって事に改めて気付かされた昨年末。「何でもない毎日が本当は記念日だったって今頃気づいたんだ」と歌うチャットモンチーのこの歌が、とても胸に染みる。
 今年はそんな何でもない一日、1分、1秒が実は尊いものなんだと、噛みしめて生きたいと思っている。

さらば青春/ チャットモンチー

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# by kararachan | 2018-01-03 01:06 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

The Doors' night

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 今日は仕事納め。午前中でチラシの仕事をちまちまと終えて、午後は大掃除。掃除もささっと済ませてしまってヒマなのでブログの記事を書いている。あとは会社の神棚に手を合わせれば、今年の業務終了。



 20代半ばのころ、土曜日の夜は決まってThe Doorsのライブビデオやプロモーションビデオを見ると云う習慣があった。
 その当時のオレは東京の会社に就職していて、金融関係(銀行なんかに勤めていれば金融機関とでも書くが、そんなご立派な業界ではないから金融関係。証券みたいなもんだね。自嘲)の会社に勤めていて週休完全2日制だったから土日は休みだった。
 朝から晩まで電話して見込み客を見つけては訪問するなんて云うヤクザな商売をしていた反動なのか、土日は家に引きこもっているのが最高の娯楽だったりする。人から見ると寂しくもあるが、オレには快適だった。
 
 その当時彼女みたいな、彼女じゃないような彼女は居たんだけども、何故か土日に会う事はなかった。その代わり、毎週金曜日は必ず彼女と飲みに出て、3〜4件は梯子するなんて毎週の事。それどころか、月曜から飲みにいったりもしたなぁ。飲み屋で遭って飲み屋で別れるって、なんか安っぽい演歌みたいだなおい。
 彼女とは北海道に帰る前に会ったのが最後で、それからは音信不通。いったい何処で何をしているのだろう? 一度だけ年賀状が来たが、それっきりだった。

 そんなんで、土曜の夜はThe Doors' nightと呼んで、何度見たかわからない位、同じビデをを繰返し繰返し見ていた。今だったらDVDやBDはたまたストリーム、youtubeなんだろうが、その当時はVHSビデオ。よくテープが切れなかったものだと思う。

 中でも一番よく見たのが、名作「Live at hollywood bowl」1968年のライブで、Jim Morrisonがぐだぐだのデブになる前で、とても精かんな顔で取り憑かれたように歌う姿が堪能できる。演奏も凄い緊張感溢れる名演奏で、The Doorsの魅力の全てがこのライブビデオに閉じこめられていると云っても良いくらい。
Live at hollywood bowl / The Doors
何だか凄いな、ビデオの前編がyoutubeで見られる。変なスペイン語みたいな字幕が付くが、まあいいか。

 今はビデオデッキなんか処分しちゃったので、そのVHSのビデオは見る事が出来ず、しかも何度も見たせいか長らく見ようと云う気も起きなかったからDVDでも買い直していないのだ。

 でも、最近だんだん禁断症状が出てきたんだな。買っちゃおうかな、買っちゃおうかなとアマゾンなんかで検索しては眺めていた。でも、昨今の我が家の経済大恐慌の為そんな贅沢は許されないのだ。

 そんなある日、ネットの音楽ニューズでこんな記事を見てしまった。

 おいおい、1970年と云えば、Jim Morrisonの最晩年のライブ映像じゃないか! 見た目はでぶでぶの、Jim デラックス状態だが、声の良さが評価されている晩年のJimが堪能できる。
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 そんな訳で、The Doorsの現存する最後のライブ映像と云われているこの作品を近々見る事が出来るのだ。発売は2018年2月14日。2月14日か、なんでそんな日なんだ? 義理チョコなんか要らないからな。贈ってくるなよ。オレは不義理の私だ。受取り拒否しちゃうぞ。

 それはさておき、こんなDVDなんか買っちゃったら、25年ぶりにThe Doors' nightを復活してしまいそうだ。あの当時は、ビールやウィスキーをちびちび飲みながら夜を過ごしていたが、今はそんな贅沢はなしだ。犬の薬代が、オレの飲み代。20代半ばと云えば、バブルが崩壊したばかりで、まだまだ賑やかで金回りが良い時代だった。同じビデオを25年経って、自分の飲み代も出せないくらいになっているんだから、時代は変わるがThe Doorsは永遠に変わらないね。

 ↑多少大げさに書いているので、別に貧困に喘いでいるわけじゃないので、ご心配なく。ローンも1円も抱えていないし、家も持家だし、それ以上の贅沢を言っては罰が当たるってもんだ。

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# by kararachan | 2017-12-29 15:53 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Extreme ways back again! 今年1年を名曲とともに振り返る(笑)

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 2年前に開設したこのブログだけども、今年になるまでにはたった2件しか投稿していなかった。何故か2月くらいから書く意欲が涌き出して、結局の所130件も投稿してしまった。自分でも何でだろうと思う。

 今年は1月から精神的にダメージの大きな事が続いて、結局2017年と云うのはもう思い出したくないくらい、思い出深い年になってしまった。

Damage / David Sylvian & Robert Fripp

 1月のJohn Wettonさんの死去と云うのはじわじわと一年間効いたな。全てのミュージシャンの中で一番好きな声と断言しちゃうくらい、好きなミュージシャン。中学生の頃から彼の声を聞き続けていたから、もう35年以上の付き合いになってしまった。力強く、甘く、優しいJohnさんの声は、残された数々の音源とともに永遠になってしまった。

Nothing to lose / U.K
おおお!この曲のライブは初めて見つけたぞ!これは大興奮だ。

 続いて3月には10歳からの大親友が突然死。いや、彼の死はもう数年前から避けられない状態だった。自分で正美デラックスと自称するぐらいの酷い肥満は、彼の心臓に物凄い負担をかけ続けていた。数年前から入退院を繰り返して、ようやっと現場に復帰したとおもったら、仕事中にポックリと死んでしまった奴。少なくとも病院で死ななかっただけ、幸せだとオレは思う。
 オレが田舎で浪人していた時代に、よくつるんであちこち無免許の奴の車で走り回った10代が懐かしいよ。

Thick as thieves / The Jam

 9月には会社の社長が亡くなった。社長は7年前に脳梗塞で倒れて、車椅子で移動できるだけましのほぼ廃人として最後の7年間を過ごしてきた。言語中枢をやられて、まともに会話ができなかった。動けない体、酒とか美味しい料理とか女とか、好きなものが全部ダメになってしまった社長。楽しみの全く無い死ぬまでのただ時間を潰すだけの毎日。どんな思いで日々を生きていたのか、聞いてあげられたらと思うが、それは無理な話。

Won't get fooled again / The who

 秋に持ち上がった斉藤由貴さんの不倫騒動も悲しかったなぁ。斉藤由貴さんの不倫なんかどうでもよくて、その事についてマスコミがおもしろおかしく由貴さんを公開リンチしている様がとても悲しかった。とっても個人的な事で、斉藤由貴さんがお前らにいったい何を迷惑かけた。ましてやお前らマスコミはモルモン教の司祭でも何でもないのに、偉そうに彼女を裁くな。そういうウンコに群がるギンバエみたいなお前さん方は清廉潔白なのか? 出会い系で女子高生を買っているんじゃないのか? そっちの方は完全に犯罪だぞ。おまえらマスコミは寄生虫以下だ。寄生虫だって、寄生主が弱っても死なない程度に寄生するのに、お前らマスゴミは寄生主を吸い尽くして殺してしまう。メシのネタを殺すなんて、金の卵を産むガチョウを食べてしまう大馬鹿者だ。
 それはさておき、この5年ほど斉藤由貴さんは暴走のように、女優としていろいろな役に挑戦してノリに乗っているなぁとオレは思っていた。そりゃあ人の道には外れるが、女優として輝くためには胎盤から作った化粧品だけじゃあの輝きは出せないんだよ。恋する心が彼女には必要なんだよ。女優としてやって行くためには、それだけいろいろなリスク、投資が必要なんだ。
 おかげで毎週木曜日に楽しみにしていた、オールナイトニッポン・ミュージック10は休演中になってしまった。人の楽しみを奪うんじゃないよ全く。

Love will tear us apart again / Joy Division


 11月の末に、この4年間払い続けていた家のリフォームローンが終了した。そうたいそうな金額じゃないんだけど、なんせ給料が安いものだからこの4年間結構な負担だった。さあ、これからはその分を貯蓄に回せるぞと晴れ晴れとした気持ちでいたその矢先、立て続けに事件が起きて落胆する。
 
 最初は車のダイナモがいかれて、突然動かなくなってしまった。ダイナモ、バッテリーの交換でしめて5万円なり。なんでまた、このタイミングでと思っていたら、12月半ばに犬が突然食べなくなる、何度も吐くという異常行動。腎不全も起しかけて一時は死にかけるという緊急事態に遭遇。結局の所アジソン病と診断される。その診断結果が出るまでに、診療、治療、入院、投薬などでえらい金額のお金を使ってしまった。しかもこのアジソン病、毎日300円程度の薬を一生涯飲み続けなければならない。副腎皮質ホルモンが出なくなる病気なので、薬で補わなければ死んでしまう。ざーっとおおまかに計算して、月に2万円はかかる。

Still ill / The smiths
オレがstill illだw

 そんな訳で、ローンを払い終えて、しばらくはお金に余裕ができた、ヤッホーと云う解放感なんか一切味わう事なくまた、この辛い茨の道=Extreme waysに戻ってきてしまったのだ。ああ、カツヤ・ボーンにやすらぎの時はいつやって来るのか?

Extreme ways / Bobby

 この鬱な一年の出来事をそれにひっかけた曲を選曲して文章にちりばめていたら、なんだか気持ちがワクワクしてしまったのは何だろう? 音楽療法だな、これは。

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# by kararachan | 2017-12-29 11:45 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

解脱して涅槃の境地へ〜 君はMokshaを知るか?

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 Twitterはもう7〜8年ぐらいやっているんだけども、時たま不思議な事がある。

 ある日アメリカ女からフォローされて、すぐさまオレのツイートにリプライでメッセージを送ってきた。
その文章の大意は「あなたならこのバンドきっと気に入るよ」だった。そこにはYoutubeのurlも添えられていて、普段はそういうのは無視するんだけど、何だか狐につままれたような不思議な気持ちでそのビデオを見てみたのだ。それがMokshaとの出会いだった。

 このMokshaと云うバンド、男女3人のオルタナティブ系の音を出すバンドで、オレはこういうメタルでもない、パンクでもない、そんで重くて大音量の音って云うのが大好きで、しかもメロディーも良い。ベースの姐さんがなんともかっこが良い。アメリカ女みたいな薄っぺらな色気でごまかしていないのも、またよい。そうそう、このバンドはフランスのバンドなのだ。

 これは良いものを教えてもらったと、そのアメリカ女にお礼の返信をしたのだけれど、彼女からは何も反応無し。彼女をフォローして半年位見ていたんだけど、その後も一切ツイートなし。いったい彼女は何だったんだろう? バンドのプロモーション用のアカウントだろうか? せいぜい10ていどのツイートをしていたのだけれども、どのつぶやきもそういった内容ではなかった。


Death is a Lie / Moksha

 そういう不思議な出会いをしたこのMokshaなんだけども、一言で言えばNirvanaを彷彿させるような音と云えば、すぐにピンとくる人もいると思う。しかもバンド名のMokshと云うのは、日本語だと解脱。もろNirvanaフォロワー。実際に彼らの音を聞いて影響されたような事を何処かで読んだ。
 元々がそういう意味のバンド名だから、このバンドについてネットで調べようとすると、非常に宗教的な事柄や、インド音楽がヒットするのが面白い。


Black Box / Moksha

 日本では全く注目されていないし、ましてCDも発売されていない彼らだが、オレはこのバンドの活動から目が離せないな。

 現在iTunesなんかで彼らのミニアルバムやシングルを聞く事が出来る。


Take This Smile / Moksha

 前々からオレは、オレが聞くべき音は探さなくても向こうからやって来ると思っているんだけど、インターネットの時代にこんな形で音がやって来るとは思ってもいなかった。

バンドについての細かい事はここを見ると良いと思う。


Outro / MOKSHA

 今回は何だか普通の音楽ブログみたいな更新だな。

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# by kararachan | 2017-12-28 17:13 | 音楽 | Trackback | Comments(0)