雑記ブログを開設した

もう一つ別のテーマのブログを構築中なんだけど、サブドメインが氣に入らなかったので作り直すことに決めた。犬との散歩中に決めた。犬との散歩は思索の時間でもあるのだ。
といって既にあれこれ仕込んでいたそのブログももったいないので、雑記ブログとして生かすことに決定。これまた犬との散歩中に思いついた。
雑記なんで、雑記です。
まだ記事は何もない。

それにしても、ここの扱いはどうしようかね。





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# by kararachan | 2018-07-13 10:21 | その他 | Trackback | Comments(0)

東京は29度、オホーツクは7度

 過去このブログに投稿した記事で使えるものは書き直して、新しい方のブログに掲載し直している。ブログを書いてきて良かったと思うのは、ライブのレポートなんかを読み直すと、今じゃすっかり忘れてしまった事なんかがそこに書かれている。

 たった一年前のチャットモンチーの帯広公演なんだけど、つい先日書き直してみた。大半の内容はもうすっかり忘れていたよ。ステージで何を言ったかなんて何にも覚えていない。

 そんな事もあり、過去の記事がとても有難い事がある。

 つい2日前体験したチャットモンチー最後の武道館公演も、ちゃんとブログの記事にして残そうと思っている。なんだけど、今は何もする気がおきなくて、ちっとも進まない。でも、残しておくときっと後で良い事があると思うので、気力を奮い起こして書こうとしているのだ。

 それにしても東京は暑かった。3日間の滞在で2kgも体重が落ちてしまった。10年間東京で暮らした経験が有るとはいえ、夏の東京の暑さは恐怖だった。でも、思っていたほどではなかったよ。というのも、その10年間で、暑さを無視する事を会得していたのだ。暑くて、汗が止めどなく流れて不愉快でも、不愉快だという気持ちを起こさない、感覚を遮断してそういう事を感じない事が出来るのだ。でも、やはり物凄く無理しているようで、一日の終わりにはぐったりとなってしまう。

 オホーツクに帰り着く。空港の渡り廊下の寒い事。エアコンのひやーっとした感覚とは異質な冷たさ。空港の外に設置してある外気温計は7度だった。ただの7度。ホッとしたよ。
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# by kararachan | 2018-07-06 15:43 | その他 | Trackback | Comments(0)

思わぬ時に思わぬ事がおきるものだと思う

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以前1万円企業と云う本を読んで、その作者クリス・ギレボーが無料で配布している「世界征服のためのやさしい手引き」と云うPDF文章があるのを知った。その本をダウンロードしてデスクトップに置いてはいたんだけども、何故か読む気がしなくて7年近くも放置していた。そんな本をたまたま読んでしまったのがつい先月。面白過ぎて一気に読み通した。何で今まで放置していたのかが分からない。まさにRight time, right placeだ。正に今読むべき内容だった。

その本の中にブログについて書いてある部分があって、そこにたまたまPro Bloggerのリンクが付いていた。
そのリンクをクリックしてProBloggerなるサイトを読んでみる。そこには、「ブログをはじめるのに最適のサイトに貴方はやってきましたね」と書いてある。これまで存在は知っていたけれど何だか分からないWord Pressと云うものが何の為に存在するのかがよく理解できた。そして何だかすっかり言葉に乗せられて、気がつけばBlue Hostのレンタルサーバーを申し込んで、ドメインまで取得してしまったよ。


この2年間ずっとこの無料ブログでひたすら書き続けてきたものの、レンタルサーバーを借りてまでブログを書こうなんて夢にも思っていなかったのに。

そうして新しく作ったここの後継サイトが、


おまけにもう一つブログをつくっちゃったよ。ブログのテーマを絞って分けて見た結果もう一つ作る事になってしまった。
林の中の象



つい3週間前のあの時、ふとデスクトップに散らばるこのPDFは何だろうと思って読んで見なければ、そして文章にリンクされていたProBloggerをクリックしていなければ、こんな事にならなかったろう。
思わぬ時に思わぬ事が起きるものだとつくづく思う。
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# by kararachan | 2018-06-16 16:51 | forward | Trackback | Comments(0)

うらぶれた男女が、場末の飲み屋で「愛の残り火」をデュエット Human League Don't you want me

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 ちょっと前に自分で書いた文章を読み直してみたけど、勢いで書いていることが多くて、イヤー酷いなぁ―、赤面しちゃうね。自分で書いたのに、たまに面白いものも有るんだけども。まあ、それはさておき、これまた記録だから、明らかな誤字脱字以外修正せずにそのままにしておこうと思う。オレは知恵遅れの首相みたいな事はしないのだ。

 テクノポップなんて言葉はもうとっくに死語だよな。オレが中学生の頃に、テクノポップが流行りはじめた。1980年。まだろくにロックのロもろくに知らない時期だったのだが、そのテクノと言う言葉に何だか物凄い未来感を感じた。どんな音楽よりも、ワクワクするものがあったね。機械が奏でる電子音楽。なんて未来っぽいのだ。でも実際には自動演奏なんかほとんどなくて、YMOだって大部分の演奏は手で楽器を弾いていたんだよな。(YMOなんかフュージョンバンドみたいだったよな。今思えば)。
 そんな未来臭プンプンのテクノポップに、オレや同級生は直ぐに夢中にならない訳が無い。テクノポップを聴けば、こんな田舎に居ながらも、時代の最先端にいるような、そんな錯覚を覚えていた。
 ラジオからはそんなテクノポップのヒット曲が次々と流れてくる。Human Leagueの「愛の残り火」もそんな曲のひとつだった。男女の掛け合いの、耳障りの良いポップなメロディー。ノリノリのシンセベースに、シンセサイザーの作る音は未来のポップス。今でもこの曲は大好きで、これを聴くとあの時代のにおいが蘇ってくるな。

Don't you want me / Human League

 そんなHuman Leagueなんだが、つい先日この曲のPVが見たくなってYoutubeで検索してみた訳だ。ライブ映像もずいぶん出てくる。いったい最近の彼らはどうなっているのだろうと思って見つけたのがこのビデオ。見た瞬間に凍りついたね。35年前に輝ける未来の音楽と思って聴いていたこの曲、まさにその同じ曲をその未来にいるオレが聴いてがく然とした。そのPVに映るメンバー達は、まるで場末の飲み屋のホステスと客のようにしか見えなかった。子どもの時に思い描いた未来は場末のスナックだったとは。

Don't you want me / Human League

 以前ある集まりに顔を出し、その流れで参加者のおっさん方とスナックの2次会まで付合う羽目になってしまった。○林署OBのおっさんたち。地元では良く知られている話だけども、○林署の職員てのはろくに働かないって事で有名だった。やれ労働者の地位向上だの、平和だの、憲法9条を護れだの、そんな活動ばかり一生懸命。肝心の大事な本業・山仕事をほっぽって、そういう事ばかり熱心にやっていた税金泥棒達。
 今でもえらそうなことばかり言っている、そんな営○署OBのおっさんと場末のスナックに行った訳だよ。それだけで憂鬱になってくる情景だよな。
 そんでそのオッサン達は、そんなスナックでは何をするのかというと、誰かが歌う昭和歌謡に合わせてチークダンスもどきを、場末のホステスとする。ちょっと嫌な景色だ。と思っているとそのオッサン、年季の入ったおばちゃんホステスの乳を揉みながら踊っているではないか。こんな日本の東端の流刑地みたいな場所の寂れたスナックでは、それが日常風景なんだな。日頃えらそうに立派なことを言っているオッサンは、酔っぱらって老ホステスの乳もみだよ。まったく立派な人達だよ。

 子どもの時に思い描いた遠い未来。科学技術が発達した明るい未来が待っているんだろうか? はたまたBlade Runnerに描かれていたようなデストピアの未来が来るんだろうか? 
 35年後に実際にその思い描いていた遠い未来に、今オレは到達してしまったわけだよ。そこで見たものは、場末のスナックで、老ホステスの乳を揉みながら踊りるおっさん。ピーヒャラ、ピーヒャラ、乳揉むポンポコリンだ。予想もしなかった最悪の未来だなこりゃあ。
 未来の音楽テクノポップ。それが35年経ったら、場末のスナックでデュエットする酔客のようになってしまった「愛の残り火」。
 未来に生きるとは、何とも寂しいものだ。
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# by kararachan | 2018-05-17 15:57 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

30年以上前の古雑誌の有効活用方

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 1980年代前半から90年ぐらいまでにかけてのロッキンオン、ロッキンオン・ジャパン、宝島が大量に実家の屋根裏から出土した。もうとっくに処分されていると思い込んでいただけにオレもびっくり。保存状態もそれほど悪くない。この話は去年も書いていたと思う。

 そんで、この古雑誌、もう30年以上前のものだから結構な値段がつくんじゃないかなって、内心ワクワクしていたのだ。ところが、ヤフオクに出品しても、売れれば1000円以上になる事もあるけれど、買い手がいなければ1年でも2年でもずっと出品中。他の出品を見ていると、なんせブツに動きが少ない。売れないって事だね。それだとちっとも特典の無いヤフープレミアムなんて無駄金を月に数百円も払わなければならなくなる。正にドブに金を捨てる行為だ。そんなのPoorレミアムだ。だからヤフオクで売るなんてことはやめた。アホらし。

 次にロック専門店なんかの古本屋にまとめ売りを考えてみた。そこではロッキンオン・ジャパンが2000円とか高値で取引きされている。「これは!」と喜び勇んで買い取りを申し込んでみたが、結果はあえなく御断りのメールが届く。

 そんな事もあり、大量のロック雑誌、それに1982年ごろから約10年分のFM fanが今オレの家に邪魔くさく積んである訳だ。さてどうしたものか。

 そこでオレは決心した。これは我が家の家宝としてこのまま保存しておこうと。そして将来これを有効活用するのだ。

 というのも、うちら夫婦の秘密の作戦、いつの日かロック喫茶・雑貨屋を開くという計画があるのだ。そう、斜里、斜里近辺にはオレが心底くつろげる場所がないんだな。無いんなら、あれこれ不満を述べるくらいなら、自分で作ればいいべさ。美味しい紅茶がいろいろ飲み比べできる喫茶店、安心安全な食品を扱っているショップ。そりゃあ友達がフェアトレードのお店なんかやっていたりするんだけど、オレの好みとぴったり一致する訳じゃない。オレは別にフェアトレードだけにこだわっていないし。それなら自分好みの店を作れば良いんだ。そのショップと被る部分もあるけれども、違う方面もカバーしている。そういうお店が数店こんな地域にあったって良いと思うんだよ。繁栄ってそういうものだろ。飲食店は、似たような飲食店が集まった方が、繁盛するじゃないか。

 もちろんそんなショップだけでは売り上げなんて知れたものだから、そこをカバーするのが喫茶部門。いや喫茶部門こそメインか。趣味のお茶を実益に繋げられれば、こんな幸せな話は無いと思うのだ。理想と現実は違うというが、まあやってみなくちゃね。失敗しても路頭に迷うのはうちら夫婦だけだ。最悪の場合借金を残して海外逃亡だ。
 そんなロック喫茶なら、この大量の古雑誌が役に立ちそうだ。どうせ最新のロックなんか店内には流れない。60年代から90年代までの音楽が中心。そんな喫茶店の本棚には、こういう古ロック雑誌が相応しい。「人○革命」なんか並んでいる喫茶店には、そういう人しか集らないだろ? 「人間○命」なんか全巻揃っている喫茶店、料理店なんか、オレは二度と足を踏み入れないね。

 問題は、引きこもりの、人嫌いの店主が接客業をつとまるかだ。おまけに電話恐怖症だから、電話が鳴ってもなかなか出ないぞ。いや電話は付けないw でも大丈夫だきっと。類は友を呼ぶで、オレみたいな客が来る。いや、そういう客じゃないと接客できない、オレはw
 そうか、わかったぞ。ジャズ喫茶はなんでみんな眉間にしわを寄せてだまって音楽を聴いているか。人付き合いの嫌いな店主に、人付き合いの嫌いな客が集るから、皆しゃべらないんだ。うん、これならやっていける。

PS:もしこの大量の古雑誌が欲しい方がいれば、送料込みで2万円で売りますw オレのロック喫茶計画の足を引っ張りたい人はどうぞ、コメントをつけて下さい。

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# by kararachan | 2018-05-14 11:35 | 書籍 | Trackback | Comments(0)

チャットモンチーのラストワンマン武道館公演まで2ヶ月を切ったじゃないか

 このブログはメンテナンスモードで、現在下記のサイトでいろいろ投稿しています。







 チケットをもらった♪
 飛行機の予約をもらった♪
 そう全部そろったんだ♫
 勝負はこれから!

 ということで、気がつけばチャットモンチーのラストワンマン武道館公演まで、2ヶ月を切っていた。バンド完結のアルバム「誕生「の発売は、もう来月の事だ。まだまだ先だと思っていたのに、もう目の前に迫ってきているじゃないか。なんだか久々だよ、こんな前からライブを見に行く事にドキドキ、ワクワクし始めたのは。おじさんの青春だよ。

 そんな今日、こんなインタビューがネットに掲載されていた。
 なんだかやっぱりチャットモンチーらしいな。だらだらだらと、目的も無くバンドを続けるなんて事は、チャットモンチーらしくないんだよ。彼女達のこの潔さは美しい。

 さて、今年の1月に武道館ワンマンが発表されて、オレは先行予約であっさりとチケットが取れてしまった。きっと人気がないんだなと、ちょっと寂しく思っていたが、それは間違いだった。4月に一般発売されると、あっという間に売り切れになったと云う。
 ネットにはチケットが取れなくて、嘆いているファンの阿鼻叫喚に溢れている。オレにこんな強運が有るなんて思っても見なかった。寝込んだ女房を優しく看病したり、犬の散歩時に落ちているゴミを拾ったりして、このご恩に報いねば。

 さて今日のチャットモンチー・スタッフが気になるツイートをしていた。

 これはいったいどういう事だろう? 昨年11月の重大発表で脅かされた身としては、それ以上の驚きなんかもうないだろうと思っている。だけども、北朝鮮じゃあるまいし、こんな風に発表を行いますなんて、事前にアナウンスされたらドキドキするじゃないか。
 これは、ひょっとしたら、ひょっとして、多くのファンが期待している「あの事が実現する」という発表では! と、このツイートを見てから、おじさんはドキドキ、ワクワクしていたわけだよ。

 そして夜になってソニーミュージックのサイトにその発表が出ていた。

 なあんだ、そんな事か。ぬか喜びしちゃったよ。いや、チケットが取れなかった同志には、これは嬉しい発表だ。きっと柱の影とか、ステージの真横なんかの、本来なら客を入れない部分も売ってしまう事にしたんだろう。注釈付きというのが、ちょっとどういうものか気になる。

 チャットモンチーは2人になってからは、まるで北朝鮮のように、情報の事前リークが非常に少なくなってなってしまった。たいてい「発表」がまず行われる。
 「深夜に重大発表があります! ファンは必ず聞くように!」 みたいなことが、武道館公演に向けて行われるのかもしれない。きっとサプライズも有るはずだ。あの2人ならやりかねない。

 7月4日、いったいどんなステージになるか、全く予想も出来無い。ひょっとしたら、、、、、。いやそれは無いだろうな。無いと思わせて、ひょっとしたら、、、、。ああ当日まで悩ましい。 ←乙女おやじ

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# by kararachan | 2018-05-07 21:02 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

映画「Control」Ian CurtisがControlしたかったもの 

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 今年になってから、Deborah Curtisの書いた「Touching from a distance」と云う本を読んでいる。DeborahはJoy DivisionのボーカリストIan Curtisの妻だ。そのDeborahがIanとの出会いからJoy Division結成、そしてバンドの成功とIanの自殺までをつづった伝記本だ。妻として常にIanのそばで彼を見続けた人物による、非常に生々しい、なんだかページから血が流れてきそうな伝記本だ。Joy Divisionのファンとして、あの音楽を深く理解したいというのと、Ianが何を思ってあのような詩を書いたのかを知る手がかりとしてこの本を手に取った。
 Ianが患っていた癲癇。その癲癇の発病とバンドの成功が同時進行して行く。そして、癲癇を抑えるための薬が、Ianの心をバラバラにして行き、そして5月18日の陰鬱な月曜日の原因になったと云うバンドメンバーの証言が、読んでいて痛々しい。常に間近にいたと云うのに、Ianの事を救ってあげられなかった事。Ianの書く詩は抽象的なものでは無く、まさに彼の苦悩だったと云う事をようやっと理解出来たのが彼の死だった。そんなバンドメンバーの後悔が描かれている。

 この「Touching from a distance」をベースに、Joy DivisionとIan Curtisの生涯を描いた「Control」と言う映画がある。監督はAnton Corbijn。オレはこの映画をたまたま偶然知った。You tubeでJoy Divisionの動画を探していると、Ianそっくりの男がJoy Divisionの曲のカバーをしている。それがことごとくFrom Controlと書いてあるので、これは何だろうと? 調べてこの映画にたどり着いた。この映画は2007年に公開されていたのだが、オレにたどり着くまでに10年近くもかかってしまった。こんな伝記映画が公開されていたとは、ついこないだまで全く知らなかったよ。

Transmission / Joy Division

 こうやって映像になってIanの生涯を見せられると(まあ、かなり脚色されているとは思うが)、これまで何について歌っていたのか判らなかった事柄が、なんだかすんなりと頭の中に入ってくる気がする。なんだか交霊会でIanの霊と触れあったような気持ちにさせられた。



 Ianの歌う歌詞の中で使われる「I」と「You」とは何だろう。それらは他でもない自分「I」、そして自分を客観視した「You」何じゃないか。自分の中の2つに別れてしまった部分。公務員として平凡な生活をしていた自分。ロックスターになり一躍注目を浴びるようになってしまった自分。そして平凡な生活を象徴する妻、そしてロッカーとしての自分につきまとうベルギー人の愛人。Ianはその葛藤を、「I」と「you」に託して歌を歌っている。

To the center of the city where all roads meet, waiting for you,
To the depths of the ocean where all hopes sank, searching for you,
I was moving through the silence without motion, waiting for you,
In a room with a window in the corner I found truth.

Joy Division / Shadow play
これはShadow playの最初の部分だが、このyouもIもIan、君そのものを歌っているんだ。


 2つに別れてしまった自分。それを一つにするために、再び1人の自分を取り戻すために彼は死を選んだのではないか。この制御不能なIとYou。だけどもそれをControlする術が1つだけ残されている。それは自らの死。それだけが彼に残された唯一のControl出切る出来事だったのでは無いか。

 単なる性欲に駆られてベルギー女と不倫したのなら、Ianはこうも心が引き裂かれるような苦悩に陥る事はなかったろう。彼は2人の女性をどちらも本当に必要として、愛していて、選びようが無かった。ロックミュージシャンとしての自分にはベルギー女が傍らにいてもらわなければステージに立てなかったのだ。
 そして23歳の一般の男としての自分には、Deborahがいてくれなければ、彼は生きて行けなかったのだ。どちらか一方では生きてゆけなかったんだ、Ianは。どちらか片方では不安定な自分をコントロールする事ができなかったのだ。Deborahとベルギー女、その二人は二つの自分を安定させるためにどちらも必要な存在だったのだ。
 だけどもそのどちらかを選ばなければならなくなった。引き裂かれるような状況に陥った彼は、自分を引き裂く代わりに死をもって自らを1つにした。1人のIan Curtisとして彼は死んで行った。Love will tear us apart. このusとはIanの2面性の事を歌っていたのかも知れない。

 Deborraはこの悲劇をJoy Divisionの始まりから、予感していたのかも知れない。だからIanがロックスターではなく、普通の人になって欲しかった。だから彼がロックスターになって行くに従って、彼から距離を置き、遠くで見守っていたのではないか。

 この映画の最後にAtomosphereが流れる。とても抽象的な詩だ。だけども、この映画を見終わった後では、これから死んで行こうとする自分に向けて書いた詩なのではないかと思うようになった。まるでもう苦しみも何もない平安の境地へと向かう自分へ向けて。


 そしてまた、今年も5月18日がやって来る。

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# by kararachan | 2018-05-06 21:43 | 音楽 | Trackback | Comments(0)