うらぶれた男女が、場末の飲み屋で「愛の残り火」をデュエット Human League Don't you want me

d0337302_15550718.jpg
 ちょっと前に自分で書いた文章を読み直してみたけど、勢いで書いていることが多くて、イヤー酷いなぁ―、赤面しちゃうね。自分で書いたのに、たまに面白いものも有るんだけども。まあ、それはさておき、これまた記録だから、明らかな誤字脱字以外修正せずにそのままにしておこうと思う。オレは知恵遅れの首相みたいな事はしないのだ。

 テクノポップなんて言葉はもうとっくに死語だよな。オレが中学生の頃に、テクノポップが流行りはじめた。1980年。まだろくにロックのロもろくに知らない時期だったのだが、そのテクノと言う言葉に何だか物凄い未来感を感じた。どんな音楽よりも、ワクワクするものがあったね。機械が奏でる電子音楽。なんて未来っぽいのだ。でも実際には自動演奏なんかほとんどなくて、YMOだって大部分の演奏は手で楽器を弾いていたんだよな。(YMOなんかフュージョンバンドみたいだったよな。今思えば)。
 そんな未来臭プンプンのテクノポップに、オレや同級生は直ぐに夢中にならない訳が無い。テクノポップを聴けば、こんな田舎に居ながらも、時代の最先端にいるような、そんな錯覚を覚えていた。
 ラジオからはそんなテクノポップのヒット曲が次々と流れてくる。Human Leagueの「愛の残り火」もそんな曲のひとつだった。男女の掛け合いの、耳障りの良いポップなメロディー。ノリノリのシンセベースに、シンセサイザーの作る音は未来のポップス。今でもこの曲は大好きで、これを聴くとあの時代のにおいが蘇ってくるな。

Don't you want me / Human League

 そんなHuman Leagueなんだが、つい先日この曲のPVが見たくなってYoutubeで検索してみた訳だ。ライブ映像もずいぶん出てくる。いったい最近の彼らはどうなっているのだろうと思って見つけたのがこのビデオ。見た瞬間に凍りついたね。35年前に輝ける未来の音楽と思って聴いていたこの曲、まさにその同じ曲をその未来にいるオレが聴いてがく然とした。そのPVに映るメンバー達は、まるで場末の飲み屋のホステスと客のようにしか見えなかった。子どもの時に思い描いた未来は場末のスナックだったとは。

Don't you want me / Human League

 以前ある集まりに顔を出し、その流れで参加者のおっさん方とスナックの2次会まで付合う羽目になってしまった。○林署OBのおっさんたち。地元では良く知られている話だけども、○林署の職員てのはろくに働かないって事で有名だった。やれ労働者の地位向上だの、平和だの、憲法9条を護れだの、そんな活動ばかり一生懸命。肝心の大事な本業・山仕事をほっぽって、そういう事ばかり熱心にやっていた税金泥棒達。
 今でもえらそうなことばかり言っている、そんな営○署OBのおっさんと場末のスナックに行った訳だよ。それだけで憂鬱になってくる情景だよな。
 そんでそのオッサン達は、そんなスナックでは何をするのかというと、誰かが歌う昭和歌謡に合わせてチークダンスもどきを、場末のホステスとする。ちょっと嫌な景色だ。と思っているとそのオッサン、年季の入ったおばちゃんホステスの乳を揉みながら踊っているではないか。こんな日本の東端の流刑地みたいな場所の寂れたスナックでは、それが日常風景なんだな。日頃えらそうに立派なことを言っているオッサンは、酔っぱらって老ホステスの乳もみだよ。まったく立派な人達だよ。

 子どもの時に思い描いた遠い未来。科学技術が発達した明るい未来が待っているんだろうか? はたまたBlade Runnerに描かれていたようなデストピアの未来が来るんだろうか? 
 35年後に実際にその思い描いていた遠い未来に、今オレは到達してしまったわけだよ。そこで見たものは、場末のスナックで、老ホステスの乳を揉みながら踊りるおっさん。ピーヒャラ、ピーヒャラ、乳揉むポンポコリンだ。予想もしなかった最悪の未来だなこりゃあ。
 未来の音楽テクノポップ。それが35年経ったら、場末のスナックでデュエットする酔客のようになってしまった「愛の残り火」。
 未来に生きるとは、何とも寂しいものだ。
[PR]
# by kararachan | 2018-05-17 15:57 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

The war is over

d0337302_10092486.jpg
 本当に朝鮮戦争が終結するかも知れないというのに、蚊帳の外のくせにあれこれ難癖付けているこの日本て国は情けないね。とくに蚊帳の外のアベが情けない。こんなやつ早く塀の中に収監してしまえばいいのに。馬鹿なアメリカのケツなめ右翼のせいで、日本はアメリカ軍の占領下だ。日本は未だに戦争が終ってないって事だ。

 日本はもともと朝鮮戦争の部外者(朝鮮戦争は国連軍=アメリカ軍と北朝鮮の戦争だ)。アメリカ軍の占領下にある敗戦国が口を出せる案件じゃない。ところがアホがあれこれほざくもんだから、この平和への流れにすっかり乗り遅れて、国際的に無視されっ放し。アホ。日本人でいる事が恥ずかしいね。

 朝鮮半島の完全非核化って言葉なんだけど、みんな勘違いしていない? 北朝鮮の核ミサイルの事ばっかり気に留めてるけど、「朝鮮半島の」だよ。と言う事は、アメリカ軍の核も当然対象って事だよな。

 アホはこのせっかくの和平に水を差すな! と声を大にして言いたい。

[PR]
# by kararachan | 2018-04-28 10:10 | forward | Trackback | Comments(3)

ハナノユメと今朝の夢

d0337302_17023548.jpg
 チャットモンチーの2人はオレの夢の中によく出て来てくれる常連さんだ。どうもオレの夢の中の斜里町の何処かに住んでいるらしい。こないだは斉藤由貴さんが初登場した。斉藤さんの長年のファンとして、初めて合う由貴さんに緊張して震えちゃったね。
 さて今日はそんな夢の話。今朝こんな夢を見た。

 家でくつろいでいると、玄関のベルが鳴るんで出ていってみた。そこにはなんと、20年前に一寸の間だけ付合った元彼女のN子が居るではないか。しかも彼女の姿はその20年前のまま、長靴にツナギの格好をしている。彼女は牛飼いだった。別れてもう20年。そして最後に街で偶然出くわしたのが10年前。
 そんな彼女がなんで突然オレの所に来るんだよ、きっと嫌なお願いでもしに来たんだろうと思って動揺していると、「こんどの町議会選挙に立候補したから、応援して欲しいの」と云ってオレにリーフレットを渡す。「ええ、それホント?」突然の事に対応出来ずおろおろしているオレ。「まだ沢山回らないきゃならないから、じゃあ」と云って素早く彼女は去って行った。N子は確か斜里を離れて、その後北海道も離れて、東北に渡ったらしいと風の噂で聞いたのだが。何でまだ斜里にいるんだよ、しかも町議に立候補したって、いったいどうなってんだ!

 そそくさと出ていったN子にあれこれ聞こうと、オレは追いかける。玄関を開けると、そこは賑やかな街中の通りで、車がゆるく往来していた。そうすると遠くからなんだか聞き覚えのある歌が大音量で流れてくる。「薄い紙で指を切って〜〜〜」と歌っていた。
 この曲は、チャットモンチーのハナノユメじゃないか! 何だいったい? と思っていると、オレの目の前に選挙カーがゆっくりと走ってくる。誰だろうと思ってその車を見ると、そこには「町議会議員候補 髙橋クミコン」と書いているではないか。え、クミコンが町議に立候補したの!? 目の前の車の上から手を振る候補者を仰いでみた。間違いなくそこには、高橋久美子がマイクを持って立っており、「髙橋クミコン、髙橋クミコンをお願い致します!」と連呼している。「声援ありがとうございます。髙橋クミコンを宜しくお願い致します」。オレはとっさに車にかけより、「クミコ〜ンガンバレー」と手を振っところで、オレは目を覚ました。

 オレの夢の中の斜里町の選挙、クミコンは当選したのだろうか? そしてN子は? この続きはいったいいつ見られる?
 オレの夢の中の斜里の出来事は、どんどん続いてゆく。


[PR]
# by kararachan | 2018-04-23 17:00 | forward | Trackback | Comments(0)

大村賢司の「春がいっぱい」でも聴いて、気持ちだけは春になるぞ

d0337302_12052901.jpg
 4月ももう半分が過ぎた。それでもまだ雪が日陰の部分には残っている。農家の畑はまだ凍結していて農作業に入れないそうだ。今年は雪が一寸少なかったから、畑の深くまで凍れたようだ。
 今日は4月14日。1年前にこんな文章を書いていた。今年もクドリャフカちゃんの悲劇を思って泪する。こういう犠牲は忘れてはいけないと思う。人間て勝手だよな。


 まだうちの庭にはクロッカスぐらいしか花が咲いていないが、北海道のオホーツクも、もうすぐ春がいっぱいになる。「春がいっぱい」といえば大村憲司さん。YMOのサポートギターで一般にも知られるようになった彼なんだけど、本来はジャズ、フュージョンの世界の人。で、YMOとの交流で生まれたアルバムが「春がいっぱい」。彼本来の音楽性とずいぶんかけ離れた、ポップなロックアルバムに仕上がっている。これが凄く良くて、オレは中学生の頃からの愛聴盤だった。YMOのどのアルバムよりもこのアルバムを聞いているなぁ。

 この「春がいっぱい」は1981年に発表された。当時のオレの周りの連中はみんなYMOに夢中だった。オレなんかもYMOの真似してもみ上げを剃って「テクノカット」になんかしちゃったよ。多分斜里中学で一番最初にテクノカットにしたのがオレだと思う。何でも誰かが先駆けるド阿呆がいないと、物事って普及しないんだよね。その後男子はみんなもみ上げが無い時代がしばらく続く。

 そんなYMOブームのさ中に出されたこのアルバム、次から次へとYMO本体に、メンバーのソロまで出るもんだから、小遣いの少ない中学生にはなかなか大村憲司のアルバムまでは手が回らない。良いアルバムだと聞いてはいたけれども、聞く機会がなかったんだよな。
 そうしたら、小学生の頃から博物館講座なんかで親しくしていた1年先輩の加藤成史さんがそれを持っていて、貸してくれると言う。この時このアルバムを貸してもらえなければ、きっと一生大村憲司さんの音楽は聴く事が無かったかもしれない。いやオレが聞くべき音は、向こうからやって来るだね。

 レコードを貸してくれた加藤成史さんっていう人は、見た目は飄々として全然ガリ勉タイプじゃないんだけど、物凄く勉強のできる人だった。脳の作りがオレとは違うなんて思った初めての人だよ、彼は。彼は当時北海道の最難関、函館ラサール高校に進学して、その後東京の大学を卒業。そしてNHKに就職。今もNHKでアナウンサーをしている。加藤さん元気かな。こんど彼のラジオ番組を聞いてみようと思う。早朝に番組を持っているんだよね。たまには斜里に帰ってくる事が有るんだろうか?40年ぶりに再会したいものだ。


 この「春がいっぱい」というアルバム、YMOのメンバーが全面参加なんで、まさにYMOっぽいテクノばりばりの音なんだけども、何と言ってもジャズ・ギタリストのアルバムです。大村憲司のギターが前面に出てくると、途端に大村賢司の世界になってしまう。このアルバムを初めて聞いた当時は、とてもテクノしていると思ったんだけどね。改めて聞き直すと、とてもポップなロックアルバムだよなこれは。

 アルバム1曲目はインストなんだけど、雰囲気としてリードギターをキーボードに置き換えたらYMOになっちゃうのかな。そんな感じの曲がIntensive Love Course。春っぽい、わくわくする曲で、清水靖晃のサックスが良い。もうYMOファミリーが総出で、寄ってたかって大村賢司のアルバム制作に協力したって感じだな。

 どの曲もすきなのだが、4曲目のFar East Manは、何だかレイドバックした曲の雰囲気がとても心地良い。大村さんものびのびギターを弾きまくって、そして歌っている。ちっとも上手じゃないのがいいね。
 Andy Summers師匠も1stアルバムで歌声を聞かせているけど、はっきり言って下手。それで懲りたのか、それ以降は歌わなくなってしまったんだけど、その下手さ加減がいい味を出していて、そのアルバム「XYZ」も何度も聞きたくなる作品なんだよね。


 5曲目のKnife Lifeが一番テクノポップしているかもしれない。初期のUltravoxの様に、エレクトロニクスとロックギターが融合していて、オレにはもう堪らなく好きなサウンドだな。前曲から打って変って曲の緊張感がとても良い。この曲をyoutubeで探したら、でてこなかったよ、残念。


 そんで7曲目のThe Defector。オレはこの曲がこのアルバムのベストだと思う。作曲は髙橋幸宏かぁ。そういわれてみれば、幸宏っぽいメロディーだ。あたまから軽快なシンセサイザーで始るこの曲なんだけど、大村さんのギターのバッキング・ギターも非常に聞き応えがある。丁寧で繊細なギターだよな。ギターの音だけ集中して聞いちゃうよ。ああ、こんなギターが弾けたらって思う。これまたYoutubeには音が見つからない。

 髙橋幸宏のドラムが炸裂する、テクノパンクのInaudibleに間を開けずにMapsに突入するのだが、この曲80年代前半のYMOのツアーでも良く演奏されていたんで、YMOファンにもお馴染の曲だ。これまた幸宏の曲か。もうNew Europeans時代のUltravoxなんか土下座して謝っちゃうような音だよな。テクノとニューウェーブが正面からぶつかってキメラになっちゃったって感じのこの音。それにしても、大村さんのギターがかっこよ過ぎる。神経質に細かくリズムを刻み、曲の緊張を高める、だけども歌は何だか下手で緊張が足りない。その温度差が又良い。
 ギターのカッティングと言えば、渋谷陽一がヘビメタギタリストはGang of fourのギターを聴いて出直してこいなんてラジオで言っていたのを突然思い出した。ちょっと待ってくれよ、Gang of four? あんな下手くそなカッティングは、この大村さんのカッティングを聞いて、修業し直せと言いたいね。これぞカッティングギターのお手本だ。


 Mapsで散々暴れたと思ったら、最後はのんびり「The Prince of Shaba」。それまでの緊張が嘘みたいに、春の桃源郷で花満開の花畑で大村さんがギターを弾きまくっているようなこのインスト曲でアルバムを〆る。深く歪んだギター音のソロが堪らなく良いな。

 そんなわけで春なんで、大村憲司さんのこのアルバムを思い出した。これってやっぱり時代が産んだ1つの奇跡だと思うな。もともと大村さんはジャズ畑の人で、このアルバムの前に発表していたアルバム「Kenji shock」なんか、Los Angeles録音で、サポートミュージシャンはTOTOにLee Ritenour。もろアメリカンフュージョン。なのにその次に作ったアルバムは、YMOのお手伝いをした事から、それまでの芸風と全くかけ離れたポップでロックなアルバムになってしまった。人との偶然の出会いがこのアルバムを産んだ。いや、このアルバムを生み出すために、YMOとの出会いが有ったのかもしれない。

 個別の曲は無くても、アルバム全体が有ったのでリンクを張っておこう。これは80年代の傑作アルバムの1つだ。

[PR]
# by kararachan | 2018-04-15 00:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

This time tomorrow.....

d0337302_01014839.jpg
 新年明けましておめでとうございます。今年も重箱の隅を針の先で突っつくような、ささいな事を大げさにかき立てるのを本旨に、更新を続けたいと思っていますです。

 今年も正月は自宅でのんびりと過ごした。千葉の義父には悪いなと思うのだが、犬がいて正月に預かってくれる所がないので、ここ斜里で毎年年越しをしている。
 今年も女房手作りのお節と雑煮の食事を頂いているのだが、去年の今も同じように正月を過ごしていた。去年の今ごろは同じような正月を迎えるだろうと、なんの疑いも抱かずに昆布巻き、黒豆をついばんでいた訳なのだ。

 だが、今年は去年と同じ重箱の料理を突っつきながら、果たして来年の今ごろは今と同じような正月を迎える事が出来ているのだろうかと頭の片隅で思案しているのだ。1年後どころか、明日になればこんな平安な生活が激変しているかもしれない。でも、そんな事は今この瞬間は想像すらしていない。

 今味わっているような平安なんて、ほんの一瞬の事。1秒後には全く変わった世界にすんでいるかもしれない。そんな風に思う出来事が、昨年の12月に起こった。犬の病気。それは去年一番の大騒動だった。
 12月の8日。犬のカーシャが夕ご飯を食べ残した。しかも半分以上。その日の昼にはいつも通りの食欲で完食したのに、突然ご飯を残したのだ。ラブラドール犬がご飯を残すなんて前代未聞。それが始まりだった。それから、食がどんどん細くなり、翌日の晩には全く食事を口にしなくなった。病院に連れて行き、結果判明したのは、アジソン病。連れて行くのが遅れたりした事もあり、一時腎不全を起し、死を覚悟してくださいと獣医に言われるほど病状が悪化した。そのあたりの事は以前に書いた記事を参照してちょうだい。


 明日はきっと今日と同じような一日だろうなんて、なんの根拠も無い願望。一日、いやたった1秒後には全てが激変するような事態が待ち受けているかもしれない。まして1年後なんか。明日の今は何が待っている?

This time tomorrow / The Kinks

 The Kinksのこの曲は、The Kinksが1970年に出したアルバム、「Lola Versus Powerman And The Moneygoround Part One」という、何とも長い題名の作品の一曲。明日の今ごろ、僕たちはいったい何処に居るのだろう? 何を知るのだろう? 何をしているのだろう? という不安を、美しいメロディーにのせて歌っている傑作曲だ。このアルバム、ジャケットがオレとしてはいまいちなんだけど、曲は粒ぞろい。どれもこれも必殺のメロディーに充ち満ちていて、とても大好きなアルバムの1つ。このアルバムについては、何時の日か又取り上げようと思う。

 The Kinksがこのアルバムを出した頃はRay Daviesはまだ20台半ば。その40数年後には騎士に叙されるなんて想像もしていなかったろう。ロックバンドとして売れはしたが、地に足のつかない浮ついた職業だけに、先の不安は常につきまとう。そんな心情を描いたこの曲。オレも20台の半ば頃にこの曲を聞いて、いったいオレはこの先どうなるんだろうな、このまま東京で死ぬまでサラリーマンなんかするんだろうか? なんて先の不安を感じていたりしていたものだ。
 それが50歳になっても、この曲が心に響く。昨日まで元気だった犬が、今日には病気になってしまい、明日には死んでいるかもしれない。それは、犬だけじゃなく、オレかもしれないし、女房かも、親父かもしれない。人は常に先の不安を抱えて、でもそれを見ないように、感じないようにごまかして日々を生きているんだな。

 50歳を超えて、40歳の頃には全然真実味がなかった死への不安をひしひしと感じるようになった。明日には何が有るのだろう? 何が起きるのだろう? たった一日で、がらりと変わってしまった我が愛犬。それは自分に起きる事でも有るのだ。そんな事を突きつけられた、去年の年末でした。

 「何でもない毎日が本当は記念日だったって今頃気づいたんだ」
 
 妻と向き合って食べる正月のお節料理。その食卓の下には、自分のご飯を待ちかねてそわそわしているカーシャがいる。そんなささいな日々の出来事が、実は本当に大切な事なんだって事に改めて気付かされた昨年末。「何でもない毎日が本当は記念日だったって今頃気づいたんだ」と歌うチャットモンチーのこの歌が、とても胸に染みる。
 今年はそんな何でもない一日、1分、1秒が実は尊いものなんだと、噛みしめて生きたいと思っている。

[PR]
# by kararachan | 2018-01-03 01:06 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

The Doors' night

d0337302_15351577.jpg
 今日は仕事納め。午前中でチラシの仕事をちまちまと終えて、午後は大掃除。掃除もささっと済ませてしまってヒマなのでブログの記事を書いている。あとは会社の神棚に手を合わせれば、今年の業務終了。



 20代半ばのころ、土曜日の夜は決まってThe Doorsのライブビデオやプロモーションビデオを見ると云う習慣があった。
 その当時のオレは東京の会社に就職していて、金融関係(銀行なんかに勤めていれば金融機関とでも書くが、そんなご立派な業界ではないから金融関係。証券みたいなもんだね。自嘲)の会社に勤めていて週休完全2日制だったから土日は休みだった。
 朝から晩まで電話して見込み客を見つけては訪問するなんて云うヤクザな商売をしていた反動なのか、土日は家に引きこもっているのが最高の娯楽だったりする。人から見ると寂しくもあるが、オレには快適だった。
 
 その当時彼女みたいな、彼女じゃないような彼女は居たんだけども、何故か土日に会う事はなかった。その代わり、毎週金曜日は必ず彼女と飲みに出て、3〜4件は梯子するなんて毎週の事。それどころか、月曜から飲みにいったりもしたなぁ。飲み屋で遭って飲み屋で別れるって、なんか安っぽい演歌みたいだなおい。
 彼女とは北海道に帰る前に会ったのが最後で、それからは音信不通。いったい何処で何をしているのだろう? 一度だけ年賀状が来たが、それっきりだった。

 そんなんで、土曜の夜はThe Doors' nightと呼んで、何度見たかわからない位、同じビデをを繰返し繰返し見ていた。今だったらDVDやBDはたまたストリーム、youtubeなんだろうが、その当時はVHSビデオ。よくテープが切れなかったものだと思う。

 中でも一番よく見たのが、名作「Live at hollywood bowl」1968年のライブで、Jim Morrisonがぐだぐだのデブになる前で、とても精かんな顔で取り憑かれたように歌う姿が堪能できる。演奏も凄い緊張感溢れる名演奏で、The Doorsの魅力の全てがこのライブビデオに閉じこめられていると云っても良いくらい。


 今はビデオデッキなんか処分しちゃったので、そのVHSのビデオは見る事が出来ず、しかも何度も見たせいか長らく見ようと云う気も起きなかったからDVDでも買い直していないのだ。

 でも、最近だんだん禁断症状が出てきたんだな。買っちゃおうかな、買っちゃおうかなとアマゾンなんかで検索しては眺めていた。でも、昨今の我が家の経済大恐慌の為そんな贅沢は許されないのだ。

 そんなある日、ネットの音楽ニューズでこんな記事を見てしまった。

 おいおい、1970年と云えば、Jim Morrisonの最晩年のライブ映像じゃないか! 見た目はでぶでぶの、Jim デラックス状態だが、声の良さが評価されている晩年のJimが堪能できる。
d0337302_15510059.jpg

 そんな訳で、The Doorsの現存する最後のライブ映像と云われているこの作品を近々見る事が出来るのだ。発売は2018年2月14日。2月14日か、なんでそんな日なんだ? 義理チョコなんか要らないからな。贈ってくるなよ。オレは不義理の私だ。受取り拒否しちゃうぞ。

 それはさておき、こんなDVDなんか買っちゃったら、25年ぶりにThe Doors' nightを復活してしまいそうだ。あの当時は、ビールやウィスキーをちびちび飲みながら夜を過ごしていたが、今はそんな贅沢はなしだ。犬の薬代が、オレの飲み代。20代半ばと云えば、バブルが崩壊したばかりで、まだまだ賑やかで金回りが良い時代だった。同じビデオを25年経って、自分の飲み代も出せないくらいになっているんだから、時代は変わるがThe Doorsは永遠に変わらないね。

 ↑多少大げさに書いているので、別に貧困に喘いでいるわけじゃないので、ご心配なく。ローンも1円も抱えていないし、家も持家だし、それ以上の贅沢を言っては罰が当たるってもんだ。

[PR]
# by kararachan | 2017-12-29 15:53 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

モータウンのゴミクズ

d0337302_18595200.jpg
 この時期印刷屋はとっても忙しくて、更新なんか無理です。おしっこをする時間がもったいないので、おしめをしようか真剣に考えているぐらいです。
 更新されていないかどうか、毎日覗きに来てくれている有難い人もいます。どうもすみません。仕事が手いっぱいで記事を書いているヒマが有馬千太郎。
 世界中のチャートで一位を取るダブルアルバムでデビューして、解散だ! なんて若気のいたり(←若くないから、オレ)の戯言を宣言してしまいたくなる気分です。

 実はオレThe Beatlesに関しては、音楽業界でもっとも成功したブランディング事業だと思っている。確かに初期から中期にかけてはすばらしい楽曲も多い。後期は良い曲もあるが正直アルバムとしては凡庸な特に評価するほどの作品はない。なんて言うとThe Beatlesファンから総攻撃を受けそうだが、あえて言おう。通称ホワイトアルバムなんか、アルバムとしては何が良い訳? なんてうっかりThe Beatles熱烈ファンの友達に言ってしまったら、それから口をきいてくれなくなってしまった。The Beatlesって批判したらダメな訳?

 メディアから何から何までこの商機に便乗しようとしてひたすら神格化し過ぎた金字塔それがThe Beatles。だから一切の批判は許されないのだ。その一番の被害者はJohn Lennonだとオレは思っている。だから一時引退したのだ。そういう世界にうんざりして。まあ、作曲家としてのピークを遥かに過ぎてしまった事は本人が一番自覚しているのだろう。だから音楽なんか作りたくなくなったに違いない。

 The Beatlesはただのロックバンド。物凄く売れたけど、ただのロックバンドの一つ。だけど熱烈なファンは大概オレはビートルズが大好きなんだ。だからオレは特別なんだ。凄いんだ。みたいな変なエリート意識を感じる。なんなんだこれは? っていつもオレは違和感を感じていた。そうさ、オレはThe Kinksのファンだから、あんたたちと違ってヒネクレモノさ、偏屈さ! という優越感にならない優越感なら、オレは持っている。

 The Beatlesは新潟産コシヒカリなんだよ。だれも不味いなんて言っちゃいけないんだ。実際にはもっと旨い米なんかいくらでもあるのに。みんなそう思い込んでいる。

 いったい何が云いたいのかわからない変な記事になってしまったが、ここで文章を〆よう。

 そういうThe Beatles神話の一番の犠牲者はJohn Lennon本人だとオレは思っている。イカレタ、ジャンキーのロックンローラーなのに、気がつけば愛と平和の伝道師、聖人にされてしまったJohn。John Lennonは誰が殺したのか? その犯人はファンだ。かったるい、甘ったるい、クソみたいなあの曲が流れる度オレは胸がムカムカする。何でNowhere manじゃないんだ? Helpじゃないんだ?

 「ジョン・レノンが撃たれた時、オレは笑っちまったぜ」と歌うこの曲こそ、John Lennonにたいする最大の賛歌だとオレは思っている。きっと本人がこの曲を聴いていたら、大笑いして手を叩いて喜んだと思っている。うさん臭いロックの聖人を撃ったこの曲は結局のところ埋もれてしまい、多くの人は忘れ去ってしまったろうが、この告発は実にロックしていると思うし、今もちっとも色あせていない。

Motown Junk / Manic Street Preachers

[PR]
# by kararachan | 2017-12-07 19:03 | 音楽 | Trackback | Comments(0)