愛は心の仕事です! 真のロッカー菊池桃子

 昨日の相棒16は菊池桃子が出演していて、久しぶりに彼女の顔を見たなぁと、楽しんだ夜だった。1人だけ目立つ出演者がいる時は、その人が犯人の事が多いんだけど、やはり菊池桃子が犯人だったというオチだった。
 それにしても彼女、オレと同じ年に生まれているからもう50歳になる。未だにメンコイのが見ていて嬉しいね。別にオレは菊池桃子のファンだった事は1度も無くて、というかほとんど興味が無かったのだけれど、同い年でメンコイままでこの年まで活躍しているのを見るのは何だか嬉しいものだ。
 その菊池桃子なんだけど、彼女が売れ出した頃、オレが高校生の頃だったと思うんだけど、町で一つの噂が流れていた。斜里駅の前に斜里館という老舗旅館があるんだけども、そこの社長の孫が菊池桃子だという。そしてそれは噂でなくて、本当の事なんだそうだ。菊池桃子の母親は斜里町出身。斜里館の社長はその親という事で、当時この日本の鬼門、知床の街でその事がちょっとした話題になったもんだ。爺ちゃんがいるからといって、別に菊池桃子本人がアイドルとして売れてからも斜里に来たなんて話は無かったのだけれども、当時街を歩いていたらばったりと遭遇しそうな気になっていたものだ。

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 さてその菊池桃子さん、80年代の末に突然ロックバンドを結成するなんて発表して驚いた事は良く覚えている。当時はアイドルが何でまた???だったんだけども、今になって振り返ってみれば彼女なりに良く考えていたよなと思えるのだ。
 菊池桃子が作ったロックバンドはラ・ム―。1988年に結成。当時のオレはTVなんて持っていなかったのと、月曜から土曜日まで昼はアルバイト、夜は10時まで勉強の2部大学生だったから、TVなんか持っていても見る暇なんかなかったのだ。ただ何をトチ狂ったのか、ロックバンドを作ったというニューズだけは目にしていたから、良く覚えていた。鳴り物入りでデビューしたから、レコード屋か何処かでラ・ム―の音は聞いたのだが、なんとも軽い音で、当時のオレは、ロックを舐めているのか? と思っていた。


 アイドルと云う自由のない世界から、ロックという自由な世界で生きようと必死になって歌っている様がひしひしとこの映像から伝わってくる。

 今になって考えてみると、1980年代の後半はもうアイドルという存在が終ってしまった時代に入るんだよね。60年代から続く、たった1人マイク1本片手に数千人のファン相手に歌を歌うなんていうアイドルは、その頃には急速にすたれていった。菊池桃子は頭のいい人だから、その辺りの終焉感をいち早く感じて、アイドル商売に見切りをつけたんじゃないかな。そして時代はバンドだと。それと20歳を超えてアイドルとしての賞味期限切れも自覚していたと思う。

 ラ・ム―の音はR&Bを基調にしていて、黒人コーラスも2人いるなど、当時としてはかなり時代の先を行っていたように思える。今なら猫も杓子もこんな音ばかり。そして、時代は空前のバンドブームを迎えようとしていた。
 残念ながら、菊池桃子の軽い声質はそういう音楽に全く不向きで、全然曲にあっていなかったなぁ。何にしても、彼女の活動は時代よりもちょっと進んでいたと思う。惜しむらくは、彼女の声質にあった楽曲ならもうちょっとは売れたと思うんだけどね。

 そういうわけで、相棒に菊池桃子が出ているのを見て、ラ・ム―の事を思い出してこれを書いて見た。失敗に終ったけれど、彼女の選択は正しかったと思うよ。そして当時、その事をもっとも正しく評価していたのは大槻ケンヂ。

 大槻ケンヂは言う「本当のロッカーとはな、ラム―のボーカリスト、菊池桃子さんだぁぁぁぁ」


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by kararachan | 2017-11-02 17:10 | 音楽 | Trackback | Comments(4)
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Commented by KTT at 2017-11-02 22:13 x
ラ・ム―!いたいたあったあったwww
すっかり忘れてて、このブログ読んで、ぽん!と思い出したよ(懐。
ほんと記憶力良いよね。凄いよ!
Commented by kararachan at 2017-11-04 10:47
> KTTさん
変な事だったら良く覚えてますよー。Wiki見たら、ほんと短い活動期間だったんだね。もうちょっと長くやっていた気がしたんだけど。それにしても桃ちゃん、なんだかバブル時代の衣装だね。
Commented by KTT at 2017-11-04 13:08 x
肩パットが半端ないバブルww
バブルはじけた頃だけどまだバブルってたよね。
私も当時のスーツ(肩パット大)はその後、まだ独身時代の結構早い段階で流行遅れで、だんしゃりしたよ。
Commented by kararachan at 2017-11-06 08:41
> KTTさん
あのころはみんな肩で風切って颯爽と歩いてたよね。女房の勤務先の制服もずいぶん肩パット入れてたなぁ。あの頃。←説明。女房はオレの大学時代のアルバイト先の職員だったのだ。
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