<   2017年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

言葉も贈りません。盗んだバイクも乗り回しません。胸の第2ボタンもねだられません。オレの卒業ソングは「情熱」。

 2月末から3月の上旬は、農業団体の決算書製作の時期にあたっていて印刷屋は忙しい時期です。そんな時期にブログの更新なんかしてられないところなんだけど、毎日決算書類の表ばかり作っていると、何か鬱憤のようなものが溜まってきてしょうがない。そんな訳で、忙しいにも関わらず更新するとしよう。


 さてもうすぐ3月。3月と言えば卒業の季節。オレにとってはこの季節はただ忙しいだけの季節だけど、斉藤由貴さんのあの曲を聴けば、高校卒業の頃が鮮やかに蘇る。その曲は「卒業」ではなくて、「情熱」。斉藤さんの「卒業」はオレが高校2年の時の曲なんで、単なる斉藤さんのデビュー曲だという認識しか無いのだ。だから自分には関係ない卒業。
 「卒業」のヒットから、ちょうど1年後にだした曲が「情熱」。斉藤さんが映画デビューして、その主題歌がこの「情熱」。そんな訳でこの曲がちょうどオレの高校卒業時期に流行っていて、この曲を聴くとあの頃のいろんな不安な気持ちが蘇ってくる。

 就職しようか、進学しようか? あれこれ迷って決断がつけられない、でも高校の卒業はじりじりと間近に迫ってくる、そんな不安で一杯の2月3月にこの曲の暗く切ない旋律はぴったりだった。高校は卒業した、でも進路は決まらない。流氷の去った海岸をあてどなく彷徨い口ずさむのはこの曲。

 そういったいろいろな重い思い出と結びついて、斉藤由貴さんは今でも大好きな女優さん。ただ1人の永遠のアイドル。高校卒業後1年浪人したのだが、彼女の歌やラジオ番組にに励まされたのは忘れられない。
 オレが自宅で浪人していた1986年。その当時斉藤さんはニッポン放送で「猫の手も借りたい!」と云うラジオ番組を持っていた。北海道でニッポン放送は昼間は聞く事が出来ず、夜しか聞けない局。ちょうど夕方の5時からの放送のため、4月の放送開始からしばらくは全く受信できず、9月になってやっと雑音の彼方に斉藤さんの声を聞く事ができるようになり、あの頃は日暮れが待ち遠しかったなぁ。
 そのラジオ番組内で斉藤さんは、「占い師に見てもらったら、「あなたは2度大きな恋愛をする」と云われた」と語っていた。ひょっとすると、「不倫恋愛」と云われたのかも知れない。そこはちょっと記憶が不確か。当の斉藤さんはその事をとても面白そうにラジオで語っていたが、皆さんご存知の通り斉藤さんは2度世間を賑わせた。その時オレは、あの占いの通りになったなぁ、と不思議な気持ちでその騒動を眺めていたものだ。


 先月から放送しているNHKのドラマ、「お母さん、娘をやめていいですか?」は、残すところあと2回。斉藤由貴さん演じる娘を溺愛する母親が、まるでスティーブン・キングの小説に出てくるかなりイカレタ登場人物を彷彿させる。母親から自由になろうとして家を出た娘の彼氏の家を探り当て、部屋掃除、料理をして娘を待つシーンなんか、戦慄ものだった。まさに「フリルのついた暴力を悪気なくやっちゃう」だ。長年の斉藤由貴ファンなのに、ファンをやめてしまいたくなる怖さ。でも、演技者としてますます磨きがかかり、幅広い役をこなす斉藤さんがますます見逃せない。

[PR]
by kararachan | 2017-02-24 13:55 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

アナーキー・イン・ザ・U.K? ダサ・アニーキー(兄貴ぃー)・イン・斜里で、オレってグレート? ロケンロール!ベイべー

 始めてロックバンドの演奏を聴いたのは、14歳の冬。収容人数300人ほどの街の中央公民館で行われた地元バンドのクリスマスコンサートだった。部活で所属していたブラスバンドの友達に誘われたので行って見た。
 アマチュアとはいえ、始めてみるロックバンドの生演奏。開演までは心臓がドキドキだった。中学2年生みたいな子供はオレ達2人だけ。周りの客は男女半々で、高校生以上の世代ばかり。中には当時流行っていた横浜銀蝿みたいなな連中もずいぶんいる。どちらかというと優等生風のオレ達は、その中で完全に浮いていたので、なるべく目立たないようにしていた。だって、おっかないんだもん。

 もう35年も昔の話なので細かいところは良く覚えていないのだが、たしか5組ほどのバンドがステージに立ったはず。地元斜里のバンドが3つほどと、網走など近郊から来たバンドが2組。うちらのお目当ては地元斜里のヘビメタバンドで、このバンドは演奏力がかなり高く、網走管内では知らないものがいないくらい有名人気バンドだった。カバー曲はもちろん、オリジナル曲も多数持っていて、これがなかなか良かった。

 ブラスバンドと違い、ロックはアンプで音を増幅するので、初めてのロックコンサートはまず、音の大きさに驚いた。ベースの音は内蔵にズンズン響き、音の塊で頭上から殴りつけられるような気持ちになった。1曲目が終わる時にはもう耳は耳鳴り。隣に座る友達と話すのも、大声じゃないとお互い会話にならない。そんなロックの初洗礼にぼう然とするオレ達だったが、その後さらにショックなステージが待っていた。

 コンサートの中盤、網走から応援に駆けつけてくれたバンドの演奏になった。そのバンドは全員がリーゼント。ジョン・トラボルタが土下座してしまうような幅広の衿の派手な道化のようなスーツ。何だかいやな予感がした。オレはこういうツッパリ君やヤンキー文化がこの頃から大嫌いだったのだ。
 そんなヤンキーな彼らが演奏したのは、アナーキー。日本のパンクバンドのアナーキー。そして最後のとどめは、Anarchy in the U.K。そう、パンクの国歌とも言うべきあの曲を、誰がどう見てもパンクとは正反対のヤンキーが歌う。ステージの下では、最初からリーゼント軍団がこぶしをヨコにフリフリ踊っていたが(こぶしは振り上げるものだ)、Anarchy in the U.Kのイントロが鳴り響いた瞬間、大挙してステージに上る。そして、バンドの演奏に合わせて腰をクネクネ、腕をクネクネ、大ツイスト大会。うちら子供達は、口をアングリと開けて、この現代の盆踊りを観ていたものだ。

 パンク・ロックでツイストを踊る。14歳で、まだパンクもメタルの違いもそれほど分かっていなかった少年だが、これは何か間違っている、これはとってもダサぞという事は直感で分かった。でも、座って見ていたらその連中に殴られそうだから、立って見ていたオレたち。その時の田舎にはタテノリ、ポゴダンスなんて知るものは誰もいなかったのだ。


 そんな訳で、田舎って正しい情報が入ってこないから、雑誌や新聞の小さな写真を見て拡大解釈、想像で補うので、こんなダサダサのハイブリッドが生まれてしまうのだ。そんな勘違いがたまにスゴイ融合を起して素晴らしいものができ上がる時もある。オレと同世代のNirvanaなんか、パンクとメタル両方の影響を受けてあの音作り上げたんだと言う事が自分の体験から良く判る。シアトル近郊の田舎にもきっと、パンクでツイストを踊る勘違いロッカーがいたに違いない。

[PR]
by kararachan | 2017-02-18 11:32 | 音楽 | Trackback | Comments(0)