<   2017年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

初めて買った洋楽のレコードはABBAのSummer night city

d0337302_16422268.jpg
 洋楽を聴く切っ掛けはラジオ。夜のラジオだった。小学4年生の頃からラジオを聴くのが楽しみになって、寝る前の小一時間ぐらい夢中になって聞いていた。そのころは「欽ドン」や「エミ子の長いつきあい」「パンチパンチパンチ」「あおい君と佐藤君」などをよく聞いていたな。そんな放送の中で洋楽が流れる事もあり、繰返し聞いている内に、歌詞の意味は分からないけど、メロディーが気に入り好きになる曲が出てきた。

 当時平日のHBC(北海道放送)のラジオでは、夕方からミスター・デーブマンがパーソナリティーを務める「ベストテン北海道」をやっていた。これも好きな番組だったのだが、もっと好きだったのは日曜日の洋楽のみの「ベストテン北海道」。洋楽が好きになり、もっといろいろな曲を聴きたいと思って、「洋楽ベストテン」もよく聞いていた。そんな訳で、最初は流行りものから洋楽の世界に入ったのだ。いきなりKing Crimsonから洋楽人生が始まる子供なんかいないぞ。 


 その当時、1977年の事なんだけど、一番気に入った曲がABBAのSummer night city。切れの良いノリノリのポップスで、少し憂いのあるメロディーが男の子の心をしびれさせたねぇ。今でもこのシングルレコードは大事にとっているんだけど、ジャケットに写るおねえさんたちがとても色っぽいなぁ。外国人は何でこんなに色っぽいんだろうとと思っていた。オレの性の目覚めはABBAなのかも? でも、実際にはオレ、色気の無いオンナの方が好きなんだよな。女房を見れば一目瞭然だな。

 それはともかく、初めて洋楽のシングルを買う時はとても胸がドキドキした。こんな子供が大人の音楽を買っていいんだろうかと。このシングルを手にした時、大人への第一歩を踏み出したような気持ちになったよ。


[PR]
by kararachan | 2017-03-24 16:43 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

チャチャッとチャットモンチーについて書いチャおう

 このブログはメンテナンスモードで、現在下記のサイトでいろいろ投稿しています。







 ロックバンド、チャットモンチーは2018年の7月で活動を完結する。この事は前にもこのブログで記事にした。解散ではなく、完結と言う言葉を使ったのはいったいどういう事か? オレはこの目でしっかり見てこようと思う。


チャットモンチー2049


 チャットモンチーを初めて知ったのは彼女達のデビュー直前だった。たまたまそのころスカパーのMTVを契約していて、在宅時にはつけっ放しにしていた。その時に流れてきた曲が、「ハナノユメ」。デビューミニアルバムの1曲目がプロモーションビデオとして、今月のお薦め曲としてヘビーローテーション入りしていたんだと思う。


 ポップな曲調に相応しくない、どっしりと腰の座った豪快なギター。最低限の楽器で作られた、自分たちの音に何の疑いも無い、何も小細工無しのロックサウンド。そしてビデオに映るのは、いかにも素人然とした3人の娘。そしてちょっと文学チック、乙女チックな歌詞。森の中で遠くまで良く響くさえずりを聞く事があるが、そんな小鳥のように澄んでいて良く通るボーカルの声。何も奇をてらっていないのに何処を探しても見つからない、これまで居そうで居なかったロックバンドがチャットモンチーだった。

 当時オレ39歳。新しい音楽なんかどれもこれも面白くなく、耳の保守化がどんどん進行中。新しいバンドなんか全く受け付けなくなっていた。MTVはつけっ放しにしていても、ほとんど素通り。当時聞いていたものと云えば、昔から聞いていたもの、昔から好きなバンドの新作程度。そんな訳でオレの興味の関門は、針の穴よりも小さく閉ざされていた。なのに、チャットモンチーは、その針の穴をいともたやすくこじ開けてやってきた。

 たまたま1曲だけ良い曲が出来たのかと思いきや、ミニアルバムに続く1stシングル曲は「恋の煙」。これまた、無駄な音が何一つない研ぎ澄まされたギターサウンド。この音はパンク? オルタナティブ? いやいやチャットモンチー。
 もうこれで十分。彼女達の本気度は痛いくらい伝わってきた。おじさんは彼女達に虜になる訳だよ。聞いた話だと、デビュー当時のチャットモンチーはまず、おじさんたちに大絶賛されて、それから徐々に若い人達に人気が移っていったという。
 シンプルでいて、良いメロディーで、豪快なギターバンドはありそで、なさそう。

 その後2ピースのバンドになったり、サポートミュージシャンを入れて2つのバンド編成を駆使したり、6人になってみたりと常に変化してきたのがチャットモンチーのこの10年間。今は2人+コンピュータで、チャットモンチー・メカを自称している。来月北海道に来るので、帯広のライブは今から楽しみ。オレがライブに足を運ぶたびに、編成が変わっているチャットモンチー。今後どんな風になって行くのか、楽しみで仕方がない。
 これを書いていて、なんだか気恥ずかしいのだが、まあいいかぁ。


ラストラブレター。
ジジイになっても彼女達のライブに通う未来のオレの姿(笑)

[PR]
by kararachan | 2017-03-23 17:11 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

初めて買ったCDはDiscipline。CDプレーヤが届くまでがまさに“試練“

d0337302_14452126.jpg
 初めて買ったCDはKing CrimsonのDiscipline。1984年の12月の事だった。実はこの時まだCDプレーヤーは持っていなかった。プレーヤーは来年1月に買う事を決めていたので、待ちきれず先にCDを買ってしまったのだ。そのころのCD1枚の値段はLPに比べてかなり高額で3800円もした。しかも西ドイツ製の輸入盤に、ビニール製の日本語のラベルをケースに貼った擬似日本版。当時はCD普及黎明期で、まだまだ国内盤は数少なく、輸入盤に日本語のラベルとライナーノーツを入れただけのものを日本盤として販売していた。たぶん都会ならタワーレコードに行けば、輸入盤をもっと安く買えたろうと思う。


 CDは1979年ごろにソニーとフィリップスで規格を決めたと思うのだが、実際にCDプレーヤーが販売されたのは1982年ごろだったと思う。FM-fanの記事でCDがいよいよ市場に登場すると云う事を知りわくわくしたものだが、なんせプレーヤーは20万円近くする高額なもの。自分が実際に手にするのはずっと先の話だと思っていた。

 ところが1984年にソニーがD50という、とてもコンパクトなCDプレーヤーを発表(実質CDウォークマンの原形だね)。その大きさはほぼCDのケースを4枚ほど重ねた大きさ(ACアダプターを除く)。そして驚異の価格、54980円(別売りのACアダブター込価格)。当時は消費税なんて、大企業の減税のためだけの、まったく無意味な税金がないから、価格はこのまま。今になって思えば。消費税のために、国民の消費がどれだけ減った事か。

d0337302_14480719.jpg
これが初代ウォークマン、ソニーのD50。壊れてもなげずにとっておけば良かった。時代の先駆け、名機だな。

 これなら何とか手が届く! これだー! オレもついにレコードからCDの時代に突入するぞ! と言う訳で、1985年のお年玉全部を使ってソニーのD50を買ってしまったのだ。
 先にCDを買ってしまったので、D50がやって来る日がとっても待ち遠しかった。毎日ディスクをケースからとりだして眺めていたものだった。

 念願のD50がやってきた日。初めて聞いたデジタルオーディオの音は、今じゃ当たり前になってしまったけど、レコード針ノイズの全く無い、完全な無音から音楽が始まるのは衝撃的だった。レコードだと、何度もレコードに静電気防止スプレーをかけたり、クリーナーで埃を取ったり、それでも時たまパチパチと埃が音楽にノイズを入れる。そう、そういうノイズは、気にすれば気にするほど気になるのだ。それが全くないのは、これまでに無い体験だった。
 D50が来てからというもの毎日そのDisciplineを何度も何度も繰り返し聞いた。そう、オレはこの時このCD1枚しか持っていないのだ。CDはこれしか聞くものがないのだ。CD1枚の価格が高価なのと、オレが聞きたいアルバムはまだまだCD化されていない。飽きもせず、日に何度も繰り返しそのアルバムを聞いた。まさにアルバムタイトル通りDiscipline。

 アナログレコードからCDに切り替わるのにそれほど時間はかからなかった。だいたい1988年を境に、一気にCDの時代になってしまった。1988年といえば、RCサクセションが「カバーズ」で反原発・戦争クソくらえの歌を歌おうとしたら、そのアルバムが発売中止になった年。東芝EMIいわく「素晴らし過ぎて発売できません」。

 1987年からオレは進学のために東京に出て、お茶の水のディスクユニオンには毎日通っていたけど、1988年のある日を境に、店内のほとんどがLPの棚で埋め尽くされていたのがCDに取って代わり、LPは店内の隅っこに押し込められてしまった。
 そしてこの年D50は全くCDを読み込めなくなってしまい、新しいプレーヤーに買い替えたんだよな。その2代目のCDプレーヤーもソニー製で、やはり3年で再生できなくなった。オレの考えるソニータイマーは3年目。

[PR]
by kararachan | 2017-03-23 14:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

エアチェック!でハートに火を付けて

 今の時代知らない曲でも、ネットで検索すれば大概のものを聞く事が出来る。オレが中高生の頃はそんな便利なものは無いので、聞いた事の無い聴きたい曲があれば、

1 レコード屋で試聴する(そのレコードがお店に在庫していればだが)。
2 FMラジオで放送されるのを待つ。 
ぐらいしか方法がなかった。

とても受け身の時代だ。

★エアチェック!
 エアチェックといっても、空気に変な臭気が混じっていないか? 放射能が含まれていないか? を確認する作業では無い。もちろんエア・ギターみたいに、空想の機器を持って何かをチェックする振りを競う事でもない。
 35年前はFMラジオ番組雑誌がとても隆盛を極めていて、斜里みたいな日本の地の果ての書店でも隔週の土曜日の午後になると、FM fan、週間FM、FMレコパル、FM Stationと4誌も棚に平積みになっていたものだ。このFM雑誌には2週間分の放送のタイムテーブルが掲載されていて、たとえば23時からの「クロスオーバー・イレブン」なら、その放送時間に流される曲とアーティスト名まで記載されている。そういう番組表を見て、お目当ての曲が何処かで放送されないか毎週毎週チェックしていたのだ。
 もちろんただ聞くだけでは無くて、今は懐かしのカセットテープに放送の音楽部分だけを録音して、自分オリジナルの編集テープを作って楽しんでいた。これがエア・チェック!。一番多い時で、そうやってエア・チェックしたテープが100本くらい溜まっていた時もあった。
 「クロスオーバー・イレブン」の場合、曲と曲の間にナレーションが入るのだが、その声を可能な限り録音しないように、なおかつ曲の頭は絶対に切れてしまわないように、録音スタンバイになっているカセットデッキの一時停止ボタンを解除する指の緊張は今でも覚えている。

 NHKのローカル局のリクエスト番組を聞く時には、常時カセットデッキは録音スタンドバイ状態にしていた。だから次にどんな曲をかけるかアナウンサーの言葉に集中して聞いていた。そう、あの純情な少年少女を悪の道に誘う極悪リクエスト番組だ。

 「次にかける曲は、The DoorsのLight my fireです。」 
 全ロックファン必聴の名曲! なんてことがロック名盤100選みたいな本に書かれていたのを覚えていて、どんな曲かいつかは聞いてみたいものだと思っていたのだ。その時がついにやってきた。アナウンサーの最後の言葉をキューに、カセットデッキの一時停止が解除される。
 これがLight my fireかぁ! どんな、おどろおどろしい、サイケデリックな狂気の音楽がかかるのだろうと期待していたら、予想とは違い軽いふわふわしたなんとも軽快な曲。オレはもうすでにU.Kロックの洗礼を受けていたので、こういった明るい曲はあまり好きでは無かった。この曲が良くなるまでに何度も繰り返し聞いた。だが本で読んでいた通り、中盤になんとも変な気持ちの悪いオルガンソロが延々と続くのが気持ち悪く、心地よかった。
 これがThe Doorsとの出会いで、このバンドも未だに飽きもせず聞き続けている数少ないアメリカン・ロックバンド。



 youtubeに曲がアップされたら売れないじゃないか! と云うアーティストと、逆に曲の宣伝になるから構わんよと云うアーティストがいる。昔はFMなんかで録音した音楽を、良いと思ったものはレコードを買った訳で、こういうきっかけがなければレコードの購入は無かった。今の時代はyoutubeなんかで聞いてよければ、それが購入につながると思うのだが。昔俺達がエア・チェックしていたように。

[PR]
by kararachan | 2017-03-15 21:02 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

21世紀の精神異常者またの名を21馬鹿 それにしてもGreg LakeもJohn Wettonもこの世にいなくなる時が来ちまうとはな



d0337302_11150280.jpg


 未だに「21馬鹿」を聞くと、13歳の初夏に初めて聞いた時の戦慄が蘇る。それにしても当時のディレクターの日本語センスは素晴らしいよな。この曲の邦題を「21世紀の精神異常者」と付けたんだから。
 本当に21世紀になってみたら、言葉狩りで同じ曲が「21世紀のスキッゾイドマン」て曲名に改題されちまうなんてのも精神異常的で面白い。スキッゾイドマンだってよ、なんだかそれじゃ安っぽいアメコミのヒーローみたいじゃないか。

 実際に21世紀になってみたら、この世は本当の精神異常者の世界になってしまったよ。そしてGreg LakeもJohn Wetton様も鬼門に入ってしまう時代を迎えるなんて、この曲を初めて聞いた37年前の13歳のオレには思いもしなかったな。

 大体総理大臣が国会で自分の気に入らない事を質問されたら、キレて日本語になっていない、訳の判らない答弁を喚きたて、それがTV中継されても国民は何の反応も無い。これぞ21世紀の精神異常者の世界だ。21馬鹿総理が支配する、精神異常の国。いっその事君が代に替えて、この歌を国歌にしたいくらいだ。
 
 クソ見たいな政治の話しはさておき、1969年のデビューから1974年のKing Crimsonはメンバーの変遷が著しく、その時々によってこの同じ曲が全く違う曲のように演奏されている。90年のCrimsonも2017年現在のCrimsonも演奏していて、そのどれもが面白いけれど、オレはやっぱり73年からのJohn Wetton様在籍時の演奏が一番暴力的で、ハードロック、ヘビーメタル的で、変態的で好きだな。なんといってもJohnの声が良い。同じ曲を演奏メンバー違いで聴き比べるというのも、この曲の楽しみ方のひとつであると思う。実際、この曲しか入っていないけれど、演奏違い(もうバンド違いと言っていいよな。ギター以外全員別メンバー)が6曲入っているという、それだけで胸焼けしてしまいそうな脂っこいCDもリリースされている。


 それにしても実際に21世紀になっても、この曲を聴き続けているとは当時13歳のオレは思っても見なかった。

[PR]
by kararachan | 2017-03-11 10:48 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

ゲタを履いてぇ〜〜〜、ニューヨーロピアンズ〜  Midge Ure、おまえはかまやつか!

Ultravox!との出会いはサントリーのCMだった。その当時のサントリー角瓶のCMはかっこよくて、特に良かったのは1982年のもの。黄色いヘリコプターが降りてきて、三宅一生が降りてくるやつ。その時背景にかかっていた曲は、UltravoxのNew Europeans。
 当時田舎の中学生の間ではYMOやテクノポップが物凄く流行っていていたのだが、ヒレくれもののオレは何かもっと新しい音はないものかとアンテナを張っていた。流行りものには背を背けるのが、ボクの悪い癖。その時飛び込んできたのはこのNew Europeans。パンクロックのようにエッジの効いたギター・ロックでありながら、シンセベースがビートを刻むテクノポップ(イレクトリック・ミュージック)臭もたっぷり。当時、テクノはテクノ、ロックはロックと思っていただけに、このロックとテクノポップの融合した音は、なんて斬新でしびれる音なんだろうと、一聞きして虜になった。
 でも、本当にすごかった、そして夢中になったのはこの時のUltravox(Midge Ureがフロントマンの第2期)では無く、第1期の作品群だった。その話はまた別の時に。

 Youtubeにはありとあらゆる映像の宝庫で、子供の時に見たくても見られないミュージシャンの演奏シーンなんかが発掘出来るのが面白い。きっとこんな風に演奏しているに違いないとか、創造力をたくましくしていた中高生のころが懐かしい。
 このMidge UreがフロントマンのUltravoxはどんなライブをやっていたのだろうと、youtubeで検索をかけると当時のライブ映像が出てきた。何故か日本ではミスター・ダンディーと変なあだ名が付けられていたが、それはきっときどったあのヒゲのせいだろう。いかにも田舎から出てきたばかりのあんちゃん風に驚く。
 でも一番の驚きは、ギターの演奏方法。あの雷のような音のカッコいいイントロ、さぞや、かっこよく弾いていると思いきや、、、、、

 ちなみに、Midge Ureが加入してからのバンドはUltravoxと名乗るべきじゃなかったと今でも思っている。あれはUltravox!と同名の全く別物のバンド。噛みたおしたガムに砂糖をまぶしてまた噛んでいるようなバンドが第2期のUltravox。

[PR]
by kararachan | 2017-03-10 13:43 | 音楽 | Trackback | Comments(0)