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知床の夏の風物詩、メーメーSTOCK!はここから始まった.... と云われるようになりたい


 6月25日(日)に、メーメーSTOCKというふざけた名前の何でもありの、遅れてきた愛と平和の祭典が行われる。場所は斜里の人里離れた場所にあるパン屋さん・メーメーベーカリーの敷地。こんな場所でパン屋をやっているものだから、パン屋の店主は、人嫌いなの? 人には言えない事情があるの? とか、まるで人目を忍ぶ逃亡犯みたいなことを云われる事があるようだが、店主は朗らかな笑顔のステキな女性です。それはともかくこんな時代だからこそ、ウッドストックリバイバルは必要だ。



 メーメーSTOCK!の主催者は、そのパン屋のお友達。その主催者から、女房たちが何か演奏してちょうだいという依頼を受けて急きょバンドを結成した。オレはギターを担当。当日のステージ衣装は、人間椅子みたいに和装したいなぁ。だが、袴が無い。
 さて、メーメーSTOCK!で我々が歌う歌は、上々颱風版のLet it beと、その他1曲か2曲。他にも7組ほどいろいろなジャンルのバンドが出るようだから、気楽に楽しいショーの幕開けになるような演奏ができたらと思っている。さあ、祭りだ祭りだ!

 今から25年ぐらい前の事だけども、当時の上々颱風は毎年夏に「上々颱風祭」と称して、東京の臨海地区の広間で野外コンサートを開いていた。会場内は焼鳥はもちろんエスニックやらなんやらいろいろな屋台が立ち並び、方々で南京玉すだれや民族楽器の演奏をしている人、バナナのたたき売りなど、何でもありでとても楽しいイベントだった。
 音のほうも、祭りというだけあって、上々颱風をトリに、タイの流行歌手を呼んだり、リンケンバンドのお父さん照屋林助の漫談歌謡があったりととても楽しいステージだったのを覚えている。オレは基本的に沖縄民謡(というか南国音楽は)は好きではないのだが、照屋林助さんのステージは、笑いあり、毒ありで、とっても良かったなぁ。
 最初メーメーSTOCKの話を聞いた時に、オレは真っ先にこの上々颱風祭りを思い出した。




 さて、今回のメーメーSTOCK!は、いったいどんなイベントになるやら。演奏者兼焼鳥売りとしてオレは参加するんだけれども、集まった皆が楽しい思いと、平和を感じられる集会になればいいなぁと思うのだ。知床の夏といえば、メーメー・ストックと云われるぐらいに長く続くイベントになれば面白いぞ。さらに真冬には、寒ソニック(サムソニック)があればステキだと思うのだが....。出演者がオレだけ。観客はゼロ、のまさに寒ーいソニックになりそうだ。

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by kararachan | 2017-05-31 17:20 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

初めて体験したヘビメタのライブは新鮮 Anthrax


 洋楽を聴きはじめて程なくしてヘビーメタルという怪しげな言葉を聞き、ちょうど勃興したNWOHMブームでIron Maidenなんかをよく聞いていた中学生の頃。それから遅れてパンク洗礼を受け、そしてへ理屈ロックファン御用達雑誌ロッキング・オンを読みはじめてアンチ・ヘビメタにくら替えした高校時代。渋谷陽一みたいな音楽評論家を崇めていたものだった。

 だけども理屈で否定していたものなんか、本能に敵わない。いつしかヘビメタもパンクもファンクも何でも平気で聞くようになっていた、大人のオレ。
 オレと同世代のNirvanaみたいなバンドが出てきて、その音は明らかにパンクもヘビメタも影響されて出来たということは直ぐにわかった。ああ、国は違えども、同じ時代に生まれて、同じようにして育ってきた者がここにもいたんだなと、その音を聴いたときにオレは思ったよ。

 でもオレは実際にはヘビメタのコンサートなんかには行ったことがなかった。東京に暮らしてい9年間で、そのほとんどが今でいうオルタナティブ系やパンク、メジャー系のバンドのライブがほとんどだった。

 そんなオレが当時一番好きなヘビメタバンドがAnthrax。所謂スラッシュメタル。パンクのように高速な曲がたまらない。それとやはり彼らもオレと同世代で、ラップだの何だのいろんな音楽をどん欲に取り込んだ音がとても面白かった。

 そんなかれらが1996年の春来日した。会場は忘れてしまったが、郵貯会館だったか、中野サンプラザだったかだと思う。会場に入って、まずはその異様な雰囲気に圧倒された。鋲を打ち付けた皮ジャケットなんかはパンクのライブでもお馴染なんでなんとも思わないが、なんというか、長髪率が異常に高く、しかもカーリーしていたり、化粧している奴らも普通だし、パンクのライブに慣れたものにとっては間違って異世界に紛れてしまった気分だった。きっとメタラーのあんちゃんがパンクのライブに行けば、同じような違和感を感じたんだろうな。なんだこのモッシュピッドは? なんだこのポゴダンスは?って。

★2017/06/14訂正
その時のチケットの半券が出てきたので確認。この時のライブは1993年10月13日だった。会場は渋谷公会堂。記憶は嘘をつくねぇ。


 さてライブが始まり、ここでもちょっと恐れおののいた。曲が始まると会場は一糸乱れぬヘッドバンキングの嵐。しかも超激しい。ヘッドバンキングしていない奴らは、自来也のように金だの紫だのの長髪をぐるぐるグルグル振り回してノっている。自来也のお隣りも同じことをしているので誰も迷惑だなんて思わない。曲が演奏されている間中ずっとグルグル。こいつらむち打ちにならないのか? その時は、ロック仲間の塚ちゃんと一緒にいったのだが、二人とも普通にすり切れたジーンズにTシャツ(たぶんLeatherfaceなんかのパンク系のTシャツ)といった極ありふれた良いこのロックファンのカッコ。このカッコがこの会場ではとても浮いていて、なんだかバターに紛れ込んだ蝿にでもなったような気分だった。

 ヘビメタといっても、別に粗暴な訳じゃないから、初めて体験する異様な雰囲気に呑まれてビビりながらの観戦だったけれども、ライブは非常にノリノリで楽しめたことはいうまでもない。

彼らの交雑ぶりの代表作。RapのPublic Enemyとの共作も話題になったなぁ。


 そしてこれを書いていて、バターの中の蝿の体験をもう一つ思い出した。それはBrian Setzer Orchestraのライブ。あれはホント怖かった。Brian Setzerといえば、Stray Cats。会場はリーゼントのアンちゃんに、ポニーテールのアメリカンガール風のオンナばっかり。日本でいえば矢沢永吉のファンみたいなのばかりで、こればかりは殴られるんじゃないかとホント会場の雰囲気にびくびくして、おびえる小動物の様に、長ーいリーゼントになんか絶対にぶつからないように、ヒラヒラしたスカートに躓かないように細心の注意を払って行動したものだ。Stray Catsだけに、まさにCuriosity killed the catとはこのことだ。

★2017/06/14訂正
チケットの半券で確認してみたところ、このライブは1991年2月10日。サウンドコロシアムMZAでのライブ。そしてバンドはBrian Setzer Orchestraではなく、Stray Catsそのもの! だった。なんでその頃Stray catsなんか見に行こうと思ったんだろう? 思い出してみれば、そういえば、ベースがコマのようにウッドベースをくるくる回していたし、ドラムはベースドラムに乗り叩いたりしていたんだよなぁ。そりゃあStray Catsだわ。

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by kararachan | 2017-05-29 18:20 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

XYZから始まる、Andy Summersのソロキャリア

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 Andy Summersの新譜Triboluminescenceがとっても良くて、毎日仕事の時のBGMにしている。喘息もちの社員がオレの直ぐ後ろにいて、一日中咳を聞かされてイライラさせられるので咳が聞こえないように、最近は仕事中ずっとイヤホンを付けたままにしている。そんななわけでTriboluminescenceを毎日聴いているのだが、とっても落ち着くインストアルバムだ。

 さてAndy Summersの1stアルバムについて今回は書こうと思う。Andyのソロアルバムは十数枚あるけれども、本人が歌っている唯一の作品がこのXYZだ。何故これ以降歌わなかったかと云うと.....、そういう事。聞けば納得。どの曲もフラット気味に歌い、声に伸びがなく、ボーカリストとしては落第だなぁ。下手だけど、でもなんだかいい味を出しているのがこのアルバムの魅力。何というか、弾けないポップさとでもいうか、The Policeという肩書きを捨てた無理しない等身大のAndy Summersは、こんなミュージシャンなんだという思いが伝わってくる気がする。The Policeみたいにハデハデにデコレーションしなくてすむし、売れなきゃと言うプレッシャーもないしと云うこともあるのだろう、シンプルで暗くしんみりとしていて、それでいてAndy節が全編炸裂しまくりで(そうEvery breath you takeのギターなんか思い浮かべてくれ)、彼のファンとしてはとても聞き応えがある。うるさいStingのキンキン声もなければ、ベースが自己主張してギターを押しのける事もない。


 このアルバムは1986に発表されていたんだけども、1stアルバムでいきなりXYZじゃ、もう終りかよって思うけど、その意味をつい最近知った。X,Y,Zこれ全て、Andyの3人の子供のミドルネームなんだって。ちょっとほほ笑ましいアルバムタイトルだ。


 さて、オレとこのアルバムの出会いなんだけど、なんでこのアルバムを買ったのかはちっとも覚えていない。何で買ったんだろう? それはともかく、初めてこのCDを買った場所はお茶の水駅に接したビルの2階のセカンドハンドと云う名のCDショップ。ここはクラシックだかジャズ中心のお店だったはず。ロックの中古盤も安く売っているので、学校帰りに時たま立ち寄る巡回コースのひとつだった。多分1990年ぐらいのことだと思うけど、授業の帰りにこのアルバムを見つけて買って帰ってしまった。たぶんAndyとRobert Frippの共作アルバムが気に入っていたので気になって買ってしまったのだと思う。その後1度手放してしまったのだが、10年ぐらい前にどうしても聞きたくなって、また買い直してしまった。もうその時点で廃盤になっていたのでまた中古で買ってしまうが、今はこのアルバム少々入手しずらいらしく、ちょうど良いときに買ったと思う。

 Andyとしては、本当は最初からインストの、今やっているようなジャズ的なアルバムを作りたかったたんじゃないかなと思う。でもその前にThe Policeと云う巨大な重荷を下ろさなくてはならなかった。だからこの様な暗くて、そして弾けないポップな作品を作らなければ次のステップに移れなかったのだろうかなと推測する。AndyにとってこれはThe Police時代というストレスたっぷりの時期を精算するためのデトックスアルバムなんじゃないかな。いつも前を向けば年下のくせに生意気で、キンキン声のベーシストにあれこれ指図されるストレス。そんなトラウマを、歌うことで、のんびりと自分の好きなように曲を作って、疲れた心を癒すシンギング・セラピー。
 そのセラピー効果のせいなのか、このアルバムを聴くと、オレはとてもなんだか脱力して日頃の無意識の体の力みが抜けて行くのだ。

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by kararachan | 2017-05-13 12:12 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ウィスキー、すき〜〜〜っ!(←財津一郎の声で読んでね)

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 連休初日の29日、久しぶりに厚岸まで行ってきた。斜里からだと2時間ちょいのドライブ。厚岸は牡蠣で有名だけれども、云うまでも無く牡蠣を堪能してきたんだけれども、今回はつい数年前に作られたばかりのウィスキーの厚岸蒸留所を見に行くのが目的だった。
 この蒸留所社長は、スコットランドに似ている環境の厚岸なら、良いウイスキーが作れるに違いないと、すごい情熱を持って本当に蒸留所を作ってしまった。初出荷は2019年だそうだ。工場見学ができるかどうか分からなかったけれども、とりあえず何処にあるかだけでも見てこようと、足を伸ばしたのだった。
 工場は厚岸郊外のぎりぎり宅地、ほとんど原野と言って良い開けた場所に建てられている。まだ行った事が無いのだけれど、スコットランドの蒸留所もきっとこんな原野のような所に建てられているに違いない。
 ニッカの余市蒸留所とは違い、まだ製品出荷もしていない純粋な工場なので、いつでも工場見学出来るわけでは無さそうだ。事務所には「現在蒸留作業中。ご用の方はXXXXに電話をおかけ下さい。」と言う張り紙がしてある。仕事の邪魔をするのが目的じゃないので、蒸留所の周りをぐるりと見て回って帰った。

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 実はオレの一番好きなアルコールはウィスキーで、大学時代からずいぶんいろんな銘柄を楽しんでいる。大学時代は給料が入るとちょっと高いバーボンを買って飲んでいたが、15年ぐらい前からスコッチ派にくら替えしてしまった(ブッシュ・レジームのアメリカのイラク侵略に抗議して、それ以降バーボンは買わない事にした)。しかも最近は月にグラス1杯か2杯程度しか飲まないので、なるたけ高い銘柄を買うようにしている。毎日安発泡酒を浴びるように飲むよりも(空き缶回収の日のゴミステーションに、巨大なゴミ袋いっぱいの発泡酒の空き缶を見るたびに、こんな人生の奴隷には成るまいと自戒を込めている)、この方がずっと安上がりだし、肝臓にも負担が少ない。なんといってもオレはウィスキーの味を楽しみたいのだ。酔ってうさを晴らすなんて、足に鎖と重い鉄の玉を付けた人間の死ぬまでの時間つぶし。オレには関係のない話だ。
 

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厚岸といえば牡蠣。漁協直販所で食べた生ガキ。3Lサイズで1コ220円。
ただ殻をむいて食べるだけ。調味料は海水のみ。気分は野蛮人。なんて旨いんだ。


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道の駅のレストランで、カキフライ、牡蠣ステーキ、生ガキの牡蠣尽くしを頂く我が女房。

 それはさておきウィスキーと云えば、忘れられない思い出がひとつある。それは大学一年生の冬休みと年越しの時の事。その時住んでいたのは新小岩の築30年超のボロアパートだった。窓は隙間だらけの木枠の薄いガラス一枚だけのもの。北海道だとその当時の窓は二重窓が当たり前だった。こんな一枚だけの窓でオレは冬を越せるのかと心配だった。暖房は小さな電気ストーブ一つだけ。
 案の定、12月の末にもなると、こんなボロアパートの夜の寒さは半端じゃない。外にいるのとほとんど変わらない寒さ。家の中で吐く息は白い。電気ストーブ程度では、暖気が直ぐに外に抜けるため、何の役にも立たない。
 そこでその冬休み期間、在宅時はほとんど布団の中に潜って生活する事にした。そしてその時にとても役に立ったのがウィスキー。貧乏学生だったので、度数が高くて安い酒が無いかと探してみると、当時ニューズやコブラ、Qと云った安ウィスキーが店頭に並んでいた。それらのウィスキーをちびちびと飲み暖をとりながら、何とかその寒い正月を乗り切った。なんだかウィスキーに救われた気がする。冬山で遭難して、助けに来てくれたセントバーナード犬のウィスキーで命を永らえた登山者なら、この気持ちが分かるかも知れない。
 そんなわけで、オレにとってウィスキーとは正に命の水なのだ。

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by kararachan | 2017-05-01 16:27 | 旨い | Trackback | Comments(0)