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Robert Fripp先生と素晴らしきボーカリストたちPart5



Greg Lakeの巻
 いったい読者なんかいるんだろうかと言うこのブログ。誰も期待なんかしていないのに、さらにこのシリーズが続く。今回で5回め。
 これまでFripp先生がいろいろなミュージシャンと繰り広げてきた素晴らしいとしか言いようの無い仕事を書いてきたけれども、おっと誰かを忘れていませんか? そうKing Crimsonでのお仕事です。

 King Crimsonの1stアルバムを初めて聞いた時には、まずその音空間に圧倒された。圧倒されたのは器楽の演奏だけではなく、Greg Lakeの湿り気を帯びた声の魅力にも震えが来た。初めて聞いた曲はEpitaph。低く陰気な声で絶望に満ちた曲を朗々と歌い上げるGreg Lakeのつやのある声。13歳のオレがKing Crimsonの魔力にとりつかれたのは、彼の声の功績も大きかったと思う。それまでに聴いてきた音楽で、こんな説得力のあるボーカルは聞いた事が無かった。当時13歳のオレが大好きなロックバンドとしては、The Policeがあるんだけども、Stingのキンキン声にはこういう魅力はない。思わず聞きほれてしまう声の響き、これまでオレが聞いた事のない、豊かな声量の表現力の深いボーカルがGreg Lakeだった。Fripp先生はなんとも素晴らしいボーカルをバンドに呼び寄せたものだと思う。だが、


 CrimsonファンならもうTipsと言っていいだろう。Greg Lakeは若かりし頃Robert Frippと同じクラシックギター教師に、ギター奏法を習っていたという。そうKing Crimsonは同郷人で作られたバンド。けれども、どうしてそういう傑出したミュージシャンがそんな狭い地域にかたまっているのか? これって人生の謎だよな。チャットモンチーの2人も、同じ高校の同級生。才能を持った人が何かの偶然、いや神様の悪戯で同じ地域に生まれた? それとも誰もがそんな才能を持って生まれていて、FrippとLakeの出会いのようにそういう事が引き金になってその才能を開花させる仕組みがあるのか? 不思議で仕方がない。

 たまたま同郷で、歌が歌えてベースが弾けるミュージシャンが足りないから声をかけたなんてよくある話だと思う。だけども、その彼が聴く人を黙らせてしまうような素晴らしい声の持ち主だった、そんな人がたまたま同郷人だったなんて、そんな偶然って、そうそうあるものじゃないだろう。同じギター教室に通う生徒2人がKing Crimsonとしてデビュー。その後1人はCrimsonを離れるもEL&Pとしてさらに大成功。そんな漫画みたいなストーリーってあるものだろうか? いや、ここに、King Crimsonにある。そんな漫画20世紀少年みたいな、同じ学校の同級生と言う狭い世界の人間で、世界を破滅させるだの救うだのというそんな荒唐無稽な話が有る訳ないだろうと思って読んでいるのだが、そんな狭い世界でのあり得ない現実は実際にはある。

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King Crimsonの1stアルバム In the court of Crimson Kingのジャケットがこれ

 残念ながらGreg LakeはKing Crimsonでは1stアルバムと、2ndアルバムの2枚でしか彼の声を聞く事が出来無い。オレの評価としては2ndは1stの焼き直し。いくつかいい曲が有る程度のアルバムで、別に聴かなくても良いと思っている。かって渋谷陽一はサウンドストリートでKing Crimsonの事を「出すアルバム出すアルバムが前作よりも優れた作品を出し続けるバンド」みたいな事を言っていたが、何を聴いているんだかと思うね。
 まあそんな話はほっといて、Greg Lakeの声を堪能するのなら、1stの「in the court of Crimson King」を断然お勧めする。Greg Lakeという、それまで無名だったミュージシャンが世に知られる、まさに一瞬の奇跡のような輝きに満ちたアルバム。一家に一枚有っていいアルバムだ。玄関に飾っておけば、厄除け効果も期待出来る。


 それにしても、昨年12月7日、ガンで亡くなった事が残年でならない。Greg Lake、享年69歳。


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by kararachan | 2017-06-21 21:45 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

People not get ready?

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年とって、ショボショボ顔になってしまったので、ショボ婆さんと言う名前を付けられていた我が家の鶏。
去年の秋から寒い日は家の中で養生させていた。

 昨日の朝、我が家で買っている老鶏が亡くなった。推定年齢10歳。徐々に衰えて、亡くなる前日は一日中ずっと蹲ったまま、食事は全く摂らず、水を少し飲んだだけだったのでもう長くはないなと思っていたのだ。

 オレは15年ぐらい前から鶏を飼い続けていて、今も庭の鶏小屋に2羽鶏がいる(←だじゃれみたいだな。昨日までは3羽だった)。最盛期は40羽近く飼っていて、もちろん自分で殺して食べて数調整をしてきた。やっぱり生きものを殺すって云うのはとても辛い作業で、8年ぐらい前からは我が家の鶏を食べるのを完全に止めてしまった。鶏は愛らしいペットで、鶏肉は買って食べるもの(←偽善者)。
 最後に卵を孵させたのは8年前で、それ以降は自然死で徐々に数を減らしていった。今生きているのは、7年前に女房の知人から貰った、雛から育てているメス鶏で、もう充分なおばあちゃん鶏だけども、それでも一羽につき年に30個ぐらいは卵を産んでいる。

 昨日亡くなった鶏は、今生きている鶏のお母さん役をやってくれた鶏だと思う。雛で我が家にやって来た、ハト子とパー子にピー男(これは昨年亡くなった)。雛だけでは食事もちゃんと出来ないし、夜は誰かのお腹の下にいないと凍えてしまうだろうと、1羽の雌鳥を捕まえ、ケージに雛達としばらく一緒にしておいた。そうすると雛は雌鳥と慣れてお母さんとして懐いてくれた。うちの鶏は烏骨鶏なんだけども、子育ては上手な鶏だ。
 この4年間鶏は毎年数羽ずつ老衰で亡くなっていったんだけど、最後に残ったのがそのお母さん鶏と娘のハト子とパー子。最後までハト子はお母さんを大事に気づかっているのが見てとれた。鶏は個性豊かで、愛情深い生き物だ。

 霊感というんだろうか、何かがある日降りてくるときがある。共謀罪が可決され、多くの人が悲嘆し、戦いの炎をめらめらと燃やしていた日だ。
 その日何故か、Curtis MayfieldのPeople get readyのメロディーが頭に浮かんで、その意味が突然頭に伝わってきた。「みんな、準備しろよ」と。
 これは戦いを準備しろと云う意味じゃない。悪と戦うには自らも悪にならなければならないのだ。悪と戦うために悪になれば、そこに残されたものは破壊だけ。今の日本は右翼と左翼が反目しているように見えて(方や愛国、方や平和。むいている方向は違えども)、実は仲良く戦いの炎をめらめらと燃え上がらせ同じ事をしている。左翼と右翼がバタバタとつりあいを取って羽ばたき、戦争を指向している事に誰も気がついていない。答えは戦いじゃないんだ。
 オレはこのPeople get readyと云う歌が、もっと次元の高い世界へ行くために、人間の精神をもっと高めなさいと言っているように思えて仕方がない。平和を実現するために戦うって? それって戦争好きのしている事と何が違う? だからと言って何をすればいいかはオレには答えが無いが、平和な世界を実現するための手段として戦う事は間違いだと思っている。口では平和を唱道しながら、暴力に満ち満ちた「左翼」の連中なんて何処にでも居るだろうよ。例を挙げるなら、ヒラリー・クリントン見たいな戦争屋を支持して反トランプ暴動を起すって、それって平和を口にする連中がする事か?



People get ready, there's a train a comin'
You don't need no baggage, you just get on board
All you need is faith, to hear the diesels hummin'
Don't need no ticket, you just thank the Lord

So people get ready, for the train to Jordan
Picking up passengers coast to coast
Faith is the key, open the doors and board 'em
There's hope for all, among those loved the most

There ain't no room for the hopeless sinner
Whom would hurt all mankind, just to save his own, believe me now
Have pity on those whose chances grow thinner
For there is no hiding place, against the kingdom's throne

So people get ready there's a train a comin'
You don't need no baggage, you just get on board
All you need is faith, to hear the diesels hummin'
Don't need no ticket, you just thank the Lord
Curtis Mayfield / People get ready

 荷物もチケットも要らない。ただ神への感謝の気持ちがあれば、この汽車に乗れる。
この汽車に罪深き者の席はない。汽車は来ている。世界に平和が満ちる機会はもうそこに来ている。ただ気がつけばいいだけなのに。平和を望む者たちは、目を血走らせ、拳を突き上げ、汚い言葉を敵に吐きかける。その姿は、そっくりそのまま彼らの敵とする人々とそっくりだ。

 漠然とだけども、あの日オレはこんな事を思った。そしてPople get readyが頭に響いた。

 People get ready。これはオレの勝手な解釈。そのまま単純に神への愛を歌った歌かも知れない。天国に行ける汽車は、チケットも要らない。お金はかからないけれども、神への感謝がなければ乗る事が出来ない。罪深いものには席は用意されていない。
 具体的に何も描写していないだけに、1つの歌にいろいろな解釈ができる。そういうソウル・ミュージックの奥深さにとても惹かれる。

 これまで旅立っていった我が家の鶏たちには間違いなくその汽車の席が用意されているだろう。人間と違って鶏は何時でも準備ができているんだ。

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by kararachan | 2017-06-20 14:08 | 音楽 | Trackback | Comments(1)

「私を構成する9枚のアルバム」


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 高橋幸宏が、「私を構成する9枚のアルバム」なんてリストを公表していたのを見てオレも真似してみた。

 今のオレを構成する9枚のアルバムは何だろうと考えてみた。こういうのはあまり考え過ぎても面白くないので、直感で浮かんできたものをあげようっと。
 子供の時からいろんな音楽を聴いてきたけども、これが確実にオレを創り上げたと言えるものを9枚選んでみた。

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■King Crimson / In the Court of Crimson King。
 やはりいの一番に出てくるのがこれだな。この衝撃を越えるものはもう二度と経験できないと思う。これを聞く以前とこれ以降では人生がすっかり変わってしまった。おまけにRobert Fripp先生が神秘主義に傾倒していると言うことも聞いて、そういう本を良く読む事になってしまったのも全てこのアルバムのせいだ。

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■阿部敏郎 / あせるぜ
 その次にあげるのが、いきなりアルバムじゃなくてシングルレコード。この時点でもうこのリストが破綻している。まだロックの洗礼を浴びる前、オレが10歳の頃、北海道の人気ラジオ番組「ベストテン北海道」の10位以内にランキングするぐらいのスマッシュヒットになった曲。お笑い、自虐的ロック。今聞くと実にロックサウンドしている。どういう影響か解らないが、確実にオレのDNAに組み込まれている。音楽で自分を表現する面白さを教えてもらった。いまでもこのシングルは大事に保管しているのだ。
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■Earth wind & Fire / All 'n all
 黒人3人組のコーラスグループ(笑)のEarth wind & Fireもオレの体に組み込まれているなぁ。これまで自分にはそんなものは流れていないと思っていたのだが、つい先日自分の中にはソウル・ミュージックの影響が強く流れていると言う事に気がついた。長年ロックミュージックを聴いていたのだが、知らず知らずのうちにそのロックの源泉ソウル・ミュージックの感覚も取り込んでいたのだ。となるとやはり10歳かそこらに出会ったE,W&Fの影響は大きかったなぁ。

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■King Crimson / Red
 Crimsonがもう一枚入る。1stとは全く別物のバンドに変貌してしまったKing Crimson。このアルバムで展開された、難解さ、ダークさはその後パンク、ヘビメタ、ジャズ、あらゆるヘビーで、ダークなジャンルの音楽を聴くトレーニングになったと思う。多分このアルバムは2000回以上聞いていると思う。オレを絞ると赤い血が出る。Redはそんなアルバム。
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■Joy DIvision / Closer
 暗ーい、暗ーい、とっても暗ーいロックバンド。馬鹿で陽気で空っぽのアメリカンサウンドなんかすっかり嫌いになってしまった一つの要因は、このJoy Divisionのせいにしよう。そうしよう。暗ーいサウンドが大好きなオレ。

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■The Jam / Dig the new bleed
 今は全く聞く事のなくなったThe Jamだけども、中高生〜大学生にかけてはほんと、良く聞いていた。サウンドが身に染みついたね。多くのパンクバンドがThe Whoの荒々しい攻撃的な部分だけを真似してパンクサウンドを作っていったと思うのだが、The Jamは、The Whoに流れているソウル、R&Bの部分を引き継いでこの様なサウンドを創り上げていったのではないかな。そう、彼らの曲には初期から、そういう黒人音楽のテイストがとっても濃い。オレを構成しているソウル・ミュージックの影響は、彼らからも経由して入ってきていると思う。

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■早川義夫/かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう
 日本のロックの本当の創始者はジャックスだと思う。はっぴいえんどじゃない。まだ日本にロック・バンドと云われるバンドが無い1967年に既に彼らは日本語で歌うロックバンドだった。早川義夫はそのジャックス解散後にこのソロアルバムを出した。シンプルなピアノの語り弾きがほとんどなのに、パンク、ニューウェーブの先駆けといわれるこのアルバム。早川義夫の歌うその孤高の詩の表現と重さは、どんなパンクバンドも太刀打ちできない先鋭さが満ち満ちていた。アルバムジャケットの女の子の指が、日本式ファックサインしているのに注目。

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真ん中にいるのがJohn Foxx

■Ultravox! / The systems of romance
 なんていえばいいのか、パンクムーブメントから出てきたのに、出てきた当初からパンクを超越していた孤高のバンドUltravox! こんなのを聞いてしまったので、普通のパンクバンドには夢中にならなかった要因だと思う。ロック・ミュージックに大胆にイレクトロニクスを取り入れて、作られたアンドロイドのような音。どうしてもオレは本流からちょっと離れた、先鋭的な感性に惹かれてしまう。裏ジャケットのJohn Foxxをまねて、こんな腕組みをするようになったのもこのアルバムジャケットのせい。

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■チャットモンチー/Chatmonchy has come
 もうすっかり新しいものなんか興味が無くなってしまった時に、忽然と現われてオレを夢中にさせたバンドがチャットモンチー。老いらくの恋です。
 彼女達の登場がなければ、今ごろ新しいCDなんか一枚も買っていなかったかも知れない。音楽を聴く楽しみを、改めて思い出す切っ掛けになったのがチャットモンチー。

■Lola Versus Powerman And The Moneygoround, Pt. 1 / The Kinks
 9枚と言っているのに、10枚目を選んでしまうオレ。やはりThe Kinksの影響は書かねば。彼らの過激な音は大好きだったけれど、もし歌詞をちゃんと読んでみなかったらここまで好きになっていなかったろうな。このアルバムに入っているApemanの歌詞を読んでみて驚愕した高校時代を思い出す。
 もともとApemanは中南米ぽい軽やかなラテンぽい音で(オレはそういう音楽には興味がないのだ)、全く好きじゃない曲だったんだけど、ある日魔が差して歌詞を読んでみた。そうすると、この能天気なサウンドで歌われていたのは、「核戦争、殺伐とした社会、そんなものはまっぴらごめんだ。類人猿になってジャングルに帰りたい」、といった内容が歌われていたのだ。音とその歌詞のあまりにも不釣り合いに頭がくらくらしたよ。

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by kararachan | 2017-06-17 12:38 | 音楽 | Trackback | Comments(1)

「あなたは1990年の8月30日、東京ドームでPrinceのライブを観ましたね?」「いいえ、見た記憶がありません」「あなたの家から、そのライブ・チケットの半券が出てきましたよ」「........」

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 このブログの記事をより正確にしようと思って、これまでに見に行ったライブのチケット半券を探してみた。大学1年の時に初めて見た「外タレ」のIan Duryからつい一昨年に見たチャットモンチーまで全部の半券を保存している。理由は別に無い。
 こういう作業ってはかどらないね。目的のものを見つけようと一枚一枚見て行くと、どうしても手が止まってしまう。「あれーーー、これって96年じゃなくて93年のライブだったのかぁ!」とか驚きが沢山ある。早速その成果をこのブログに反映させて、過去の投稿に正確な情報を追記しておいた。

 でも一番の驚きは、行った記憶が全くないライブの半券があるのだ。たとえば、1995年10月に再々結成されたKing Crimsonが来日したんだけども、昭和女子大学 人見記念講堂のライブは確かに行った。良く覚えている。だけども、追加公演で中野サンプラザで行われた分は、全く記憶に無い。でも、間違いなくその半券がそこにある。確かに一番好きなバンドの一つだけに、可能な限り多くのステージを観たかったことは間違い無いが、この日のことは全く覚えていない。

 そして一番の驚きは、Princeの東京ドーム公演の半券が出てきた事だ。正直Princeなんて何の興味もない。そりゃあpurple rainだけはアルバムを買って聞いたことは事実だが、princeの音楽はオレの趣味じゃなく、世間で気持ち悪いほど称賛されているような才能の持ち主だなんてオレはこれっぽっちも思っていない。このブログの趣旨に沿わないからこれ以上書かないけれども。
 そんなPrinceのライブに何故オレは行ったのだ? とにかく何にも覚えていない。行ったこと事態が嘘みたいだ。きつねにつままれたとは正にこの事だな。刑事に追及されても、行っていませんと言い続けるしかない。例え、チケットの半券という証拠を突きつけられても......。

 そしてもう一つホントにオレ見にに行ったのーー、と驚いたのがDischarge。そうイングランドの超コワモテ、おっかないパンクの中の一番おっかないバンド、ハードコア・パンク・バンドDischargeのライブ。1991年の2月23日に川崎のクラブチッタに見に行っている。確かに音楽趣味の幅広いオレだから、ハードコア・パンクも聞くし、ハードコアシーンを代表するそんなバンドは見に行ってもおかしくはないのだが、全く身に覚えが無い。興味はあったものの、彼らのアルバムは一枚も持っていないし、怖いもの見たさの物見遊山で見に行ったから記憶に残らなかったのかな? ふとその時Stray Catsの文字が目をよぎる。こないだ投稿した記事に、Brian Setzer Orcheastraの事を書いたが、そうではなく本家本元Stray Catsの間違いだった。しかもこのDischargeを見に行く10日前に、オレはロカビリーしていたのだ!
 1991年の2月と言えば、大学卒業を目前とした時期。オレはこんな事してたんだねぇ。どうせならもっと、良い思い出作りしてれば良かったのに。

 youtubeでDischargeを検索したら、正にその日の映像が残っていた。きっとステージ前のカオスゾーンにいたと思うので、何処かに若かりし頃のオレが写っているかも知れない。頭よりも上に足が舞う、恐ろしいライブが、ハードコアパンク。次から次と人がステージから飛び込んでくる。頭上をグルグルと回る足に蹴られないように、音楽そのものよりも怪我しないように気をつけなければならないのがハードコア。うーむ、確かにそういう記憶ならあるぞ。別のバンドだと思ったがDischargeだったか?

 それはさておき、Princeだけども、当時のアルバイト先でアルバイト達と仲の良かった女性職員(その一人が今のオレの妻なんだが)と、皆でPrinceのライブを見に行こうよ! と話が盛り上がって、オレ一人だけのけ者になるのがしゃくだから、ついつい調子を合わせて見に行ってしまったのが真実何じゃないかな? 興味がないのに、そんな高額なチケット代金をドブに捨てるような真似は、その理由以外にはしないと思う。そんことだから何も記憶に残っていないのだろう。脳に無駄な事を覚えさせておくスペースはないのだ。どうせなら、楽しい事を沢山詰め込んでおきたいから、そういう記憶の置き場所はない、と言う事なんだろうか?

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by kararachan | 2017-06-14 17:24 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Robert Fripp先生と素晴らしきボーカリストたちPart4



 しつこく続くこのFripp先生と素晴らしきボーカリストたち。今回はDavid Sylvianについて書いて見たい。
 David Sylvian、言わずと知れた元Japanのボーカル。中学生の頃Japanが好きだなんて言おうものなら、「え〜〜〜〜、あんなオカマの気持ち悪いバンドが好きなのー」と同級生に指さされたものだ。確かにDavid Sylvianのボーカルは、クネクネ節を回すので男らしくはないが、とってもステキだと思う。服装だって、みろあんなカッコしたロックバンドが今の日本には山ほどいるじゃないか! 
 嫌々ながら付き合う会社の飲み会・2次会のカラオケ大会では、Japanの歌を彼の歌い方を真似して歌いたいところだが、そんな事をすれば、中学生の時以上に回りから浮いてしまうだろう。(←どうせ浮いているから、気にしていない)だから、まだ今のところはThe Doorsレベルに留めている。

 さて本題に戻って、Robert Fripp先生は本当に良いボーカリストたちと素晴らしい仕事を残している。Daryl Hallとの仕事はDarylのソロというよりもHall & Frippと言っても良い出来だったが、90年代に入ってDavid Sylvianとの共作は最もうまくいったコラボレーションだと思っている。たしかDavid SylvianのソロのGone to Earth(1986年)でFripp先生がギターで参加したのを切っ掛けに交流が続いていたようだ。この頃のDavidはゲオルギー・グルジェフ(神秘主義思想)にも傾倒していたらしい。グルジェフと言えばFripp先生(Fripp先生は70年代中期に出家して2年ほど音楽業界から離れる)。Fripp先生がDavidに教えたのか、それともグルジェフの神秘思想に傾倒するゆえにFripp先生に近づいたか、そのどちらかは解らないが、2人の間にそういうつながりがあったとは。

 2人がグループを作ったと聞いてまもない1992年春に突如来日。その時の編成は2人にスティックのTrey Gunnを加えたトリオでコンサートを行った。ドラムの無いトリオなので、前衛音楽的で静かなコンサートだったことは良く覚えている。Fripp先生の弟子が前衛的一人ギターで前座をやっていた気がするのだが、ちょっと情報が見当たらない。静かな演奏に、気だるげなDavidのボーカルが絡む耽美的なステージで、多くの人が眠気と闘っていたようだが、オレにとってはこれが始めて見る生Fripp先生。興奮しないわけが無い。いや〜〜とっても興奮したねー。田舎から東京に出てきて6年、ついに一番見たくてしょうがないミュージシャンを生で見ることが出来たんだからねぇ。いろいろ探してみたんだけども、どうもこの時のステージ映像は見当たらないのが残念。いったいどんなことをしてたんだろうか?




 その翌年1993年、Fripp & Sylvian名義でアルバム発表。てっきり前年に見たような、環境音楽のような作品と思っていたら、これがダンサブルな非常に素晴らしい作品。2人の個性ががっちりと組み合わさり、奇跡的なアルバムを生み出した。
 そして最初のライブのちょうど一年後に再来日。この時はドラムも入った編成で非常にロックしていた。たしかドラムはその後再々結成されるKing CrimsonのPat Mastelottoだったと思う。Pat MastelottoはHall & Oatesのライブバンドのドラマーだったそうだから、ミュージシャンのつながりってなかなか切れないもんだねぇ。

 この時のライブの思い出はと言うと、一緒に見に行こうと誘った彼女未満が現われなかったことが一番の思い出かな。当日、今日はデートだと盛り上がっていると、彼女の妹から連絡が入る。「お腹が痛いから外出できないって寝込んでいる。ごねんって言っているよ」。
 今思えば、どうせチケット代が無駄になるのだから、妹に聞きに来なよって言えば良かったのだが、落胆の方が大きくてそんな機転が利かなかった。右隣の空席がとっても気になったコンサートだったが、内容は素晴らしいの一言。前座はやはりFripp先生の弟子たちのCarifornia guitar trioだったと思う。The Venturesのカバー、Pipe Lineがとても盛り上がったなぁ。このあたり、チケットの半券を確認してあとで修正しようと思う。まあ、その時の現われなかった彼女が今の妻なんだけども、別にドラマチックなドラマは何もないので特に書く事はないなぁ。





 そのDavid Sylvian、再々結成のKing Crimsonのボーカルに誘われていたそうだが断ったそうだ。良かったんだか、良くなかったんだか。結果としては、このFripp & Sylvianが2人の創造性のピークだったように感じる。Crimsonには彼の居場所は見つからなかったんじゃないかな。でも、1974年以降のCrimsonには傑出したボーカルが居なかっただけに、Davidのボーカルというのはとても魅力的。また再び素晴らしいボーカルのCrimsonを聞いて見たいというのは、贅沢なのかな。



★2017/06/14 追記
コンサートチケットの半券は全部とっていて、それを確認してみた。ツアータイトル「The First day」の公演は1992年3月7日。この日前座がCalifornia guitar Trio。情報源はWiki。


そして再来日は1993年10月16日。この時のツアータイトルは「The road to graceland'93」だった。この時のサポートギターがMichael Brookで、先にCalifornia guitar Trioが前座と書いたがこれは間違いで、Michael Brookが前座をしていた。いろいろな機材に囲まれて一人黙々とギターを弾いている姿が目に浮かんできた。そんで彼はFripp先生の弟子でも何でもなくて、ずっとソロで孤高の活動を続けているミュージシャン。映画音楽などでも活躍しているそうだ。もっとじっくりと聞いておくべきだった。
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by kararachan | 2017-06-13 13:56 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Robert Fripp先生と素晴らしきボーカリストたちPart2

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 Fripp先生のお仕事で一番知られているのはやはりDavid Bowieとの作業だろう。Davidについては熱烈なファンが多いので書くのが憚られるが、まあ、オレの感想ということで許してくれ。って、悪口は書かないが。

 つい先日King Crimsonがニューシングルを出したんだけども、それは「Heroes」。いわずと知れたDavid Bowieを代表する曲の一つのカバー。
 そのCrimsonの新譜の音を聴いたんだけども、演奏はいうまでもなく素晴らしい。なんせギターは本人が弾いてることだし。ただ問題はボーカル。カラオケで物まねして歌っているんですか? と言いたくなる(←Crimsonの長年のファンなので辛口評価。)やはりどうしてもDavid Bowieの声と比較してしまう。この曲はDavidの声じゃないと、映えないのだ。つくづく彼の声は神の与えし特別な声だと思う。色、艶、輝き、響き、質感、表現力、魅力、全てにおいて傑出したボーカルだと思う。

 さて、このHeroesが入っているアルバム、「Heroes(邦題:英雄夢語り』と、Fripp先生が全面的に参加している「Scary Monsters」は良く聴いたアルバムだった。Heroesの、あの印象的なギター、いったい何処まで音が衰退せずに伸びるんだーーーーと云いたくなる、ずーっと音が伸び続けるギター音が曲の頭から最後まで続く。シベリア鉄道のように何処までも途切れずに続いて行く。CMなんかでこの曲がTVから流れてきた時に、Fripp先生のファンとしては、この果てしなく続く音が聞こえただけでニヤリとしてしまう。

 そして「Scary Monsters」。アルバム1曲目から何の遠慮もなく好き勝手にギターを弾かせてもらったのか、Fripp節炸裂のリードギターが鳴り響く。とくにオレが好きなのは、タイトル曲のScary Monsters。このころまでのDavidは超前衛、時代の最先端のさらに先を行っていた時代だからこそ、この様なサウンドを作れたんだろう。



 大学時代にこのCDを聞きながらいろいろ情報交換したんだけども、どうもこのFripp先生のセッション、先生の都合がなかなかつかなかったそうだ。そして12時間空き時間があるということで、じゃあそれでたのむわとDavidが言ったとか言わなかったとか。Fripp先生はロンドンから今は亡きマッハ2の超音速旅客機コンコルドに乗って、Davidのいるニューヨークに駆けつけ、全てのギターパートを一発録りで決めて、再びコンコルドに乗ってブリテン島に帰っていったとか。この話の真偽を今ネットで検索してみたのだが、これという裏付け情報が見つからないけども、そういう逸話の残っているアルバム。



 まあなんにしても、いくらFripp色全開であれ、このアルバムはFripp & Bowieにならないのは、Davidの魔力の方が上回っているから。
 それにしてもFripp先生は良いボーカルと良い仕事を沢山残している。

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by kararachan | 2017-06-07 15:30 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

Robert Fripp先生と素晴らしきボーカリストたちPart1

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 ちょっと前に自分で書いた文章を読み直してみたけど、勢いで書いていることが多くて、イヤー酷いなぁ―と赤面しちゃうね。自分で書いたのに、たまに面白いものも有るんだけども。まあ、それはさておき、明らかな誤字脱字・事実誤認以外修正せずにそのままにしておこうと思う。「知恵遅れの首相」みたいに、都合の悪い事は削除なんて事はしないのだ。

 さてオレの音楽の聴き方なんだけども、好きなバンドが出来ると、そのバンドの各々のメンバーのソロ、メンバーが過去に在席したバンド、影響を受けたバンド等々、いろいろ関連する音源を発掘するような聞き方をしてきた。

 そんな訳で、King Crimsonが好きなら、それに派生するバンドもずいぶんたどってきたわけだ。その中でもやはりRobert Fripp先生の活動はたどらずにはいられない。Fripp先生は70年代Crimsonを解散後、しばらく神秘主義を学ぶために出家して数年間修業していたが(ちょっと理解しずらいが、そういう人だ)、その後徐々に音楽業界に復帰していった。復帰した70年代後半から80年代にかけてずいぶんいろんなミュージシャンと共同作業を繰り広げてきた。やはり彼は音楽家であって、ただのギター演奏家ではない。その共同作業をしてきたミュージシャン達は、どの人も個性的な傑出したボーカリストたちだった。

 もちろん、オレもそんなFripp先生の過去の傑作の仕事をあれこれと発掘して聴きまくってきたわけだ。そんな事をするとやはり、音楽の趣味がとっても広がる。今著しい偏りが有るものの、いろんなジャンルの音楽を楽しむ事が出来るのもFripp先生のおかげだと思っている。

★まずはDaryl Hall
 Daryl HallがRobert Frippのプロデュースで1stアルバムを製作したのが、1977年。「Sacred songs」というのがそのアルバム。ところがこのアルバムは、あまりにもFripp色が強過ぎるとして、完成後も数年間お蔵入りして1980年にようやっと日の目を見たという変わったアルバム。Hall & Oatesの音楽性とあまりにも違い過ぎて、レコード会社の重役が発売をためらったらしい。Hall & Oatesファンの耳にはこのアルバムがどう聴こえるのかちょっと判らないが、Frippサイドのオレとしては、実にロックしてて、ポップしてて、ボーカルは聞き応えは有るわ、Fripp色も存分に混在したとても素晴らしいアルバムとしか評価しようが無い。

 このアルバムでのDarylのボーカルは、ちょっと荒々しく粗暴に歌っている曲が多くHall & Oatesの彼からは想像も出来ない姿だ。おまけにハイトーンで、裏声でシャウトしたりしているなんて、Daryl本人が歌っているとは思えないだろうな。そんなノリノリのノリスケ状態で聴いていると突然ピロピロピロピロピロピロピロピロピロ〜、と変な音(Fripp先生の改造ギターの音色なのだが)が闖入してFrippワールドにしてしまう辺りなんか、純粋なHall & Oatsファンをびっくりさせるどころか、不安がらせているんだろう。とCrimsonファンはほくそ笑むのだ。もちろん、聴かせる歌はじっくりと聴かせる。ブルー・アイド・ソウル(←死語だよな。もっといい表現はばないのものか?と思う)の面目躍如と云ったところ。


 Fripp先生のファンとしては、何といっても普通のロックギターを弾いているのがとても面白い。所々Crimsonでも聴いたことの有るフレーズが飛び出してきたりするのはご愛嬌だが、こんなありきたりのギターも弾けるんだなぁと感心してしまう。が、やはり凡庸なギタリストとは雲泥の差がある。

 そんな訳で、この「Sacred songs」と言うアルバム、Daryl Hallのソロアルバムと言うよりも、Fripp & Hallと云ってしまいたくなるような、両者の強い個性ががっちりとぶつかり合い融合した奇跡のような作品に仕上がっているとオレは思っている。

 このアルバムのセッションと前後した時期だと思うのだが、Robert Frippのソロアルバム「Exposure」が1979年に発表されている。その中でもDaryl Hallは歌っていて、North Starと云う曲では実にしっとりとした、しんみりとした、Darylらしいボーカルを聴かせてくれる。このアルバムにも収録されるはずだったらしいが、カットされてしまったという話を後に聞いた。Robert Fripp先生のExposureもお薦めです。が、彼のソロだけあって、Fripp色が90%の出来になっていますよ。


 「Sacred songs」は1980年代半ばに廉価版のLPで再発売された時に、オレは手に入れることが出来た。その当時はとてもよく聴いていたのだが、何故かその後CDで買い直すことをせず、長らく聴くことが出来なかった。つい先月何故かこのアルバムを思い出して買い直してしまったのが、この投稿をする切っ掛けになった。sacredなんて単語もこのアルバムのおかげで覚えることが出来たんだよな。exposureなんて単語も。洋楽は英語の勉強に最適です。

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by kararachan | 2017-06-07 09:53 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

10年目のVictoria The KinksのVictoriaの思い出を語る そして右翼のおじさんが吠える

 The Kinksが何でこんなに好きになったかというと、この曲、Victoriaがあったからじゃないかな。このバンドを知ったのはやはりあの名曲、You really got meだけども。
 1980年代半ばはThe Kinksのアルバムは一枚も国内版が出ていない時期だった。そんな訳で、日本の東端に住んでいる者にとって彼らのアルバムを手にする機会は皆無だった。
 そんな有る時音楽雑誌を見ているとKinks fileと云うアルバムが発売になると書いてあった。それが田舎者にとって唯一国内版を手にする機会だったのだ。それはダブルアルバムで、4000円ほどしたはず。お年玉を使って買った記憶がある。

 このアルバムは、The Kinks入門としては最適なアルバムで、PYEレーベル時代(60年代)のThe Kinksの代表曲がもれなく収録されていた。1枚目はデビューから数年間の所謂キンキー・サウンド時代。2枚目は60年代中期から60年代の終りぐらいまでの曲が収録されている。アルバムの中にメンバーの白黒写真が数枚のっていて、それがはじめ見るThe Kinksの面々だった。どの人も長髪で同じ顔に見えて、誰が誰なんだか区別がつかなかった記憶がある。

 さてこのアルバム、1枚目は初期のキンキーサウンドで、パンクやヘビメタの元祖と云われるくらいの、実にエッジの聞いたギターサウンドを聞かせてくれる。当初はこの1枚目が大好きで何度も繰返し聞いた。それに反して2枚目はと言うと、キンキーサウンドは鳴りを潜め、地味でまるでフォークロックのような音の曲が続く。そんな事もあって、2枚目はほとんど聞くことがなかった。
 ただ、ケチな性分のオレとしては、4000円も出して買ったアルバムなのに、半分しか聞かないというのは勿体ないと思い、極くたまに2枚目を、読書や勉強中のBGMとしてかけたりしていたものだ。

 だけどもある日、唐突に何かがオレの心に突き刺さった。それはVictoriaと云う、フォークロック調の曲で、ブラスがブカスカ入った、何だか能天気な田舎臭い曲。その曲のリードギターの旋律が、そして音色がオレの心をとらえた。その時それが聞きたいがゆえに、その曲ばかり10数度繰返し繰返しリピートして聞いたことを覚えている。


 それを切っ掛けに2枚目をよく聞くようになると、次から次へと味わい深い名曲が盛り沢山なのに気がついた。初期のサウンドとは違い、一聴地味なのに、よく聴くと実に丁寧に作られた素晴らしいメロディーが輝いているのだ。
 そんな訳で、Victoriaで60年代後期のThe Kinksの良さが判ったからこそ、未だに大好きなバンドとして聴き続けられたのだと思う。

 それにしてもこのVictoria、非常に変な曲。100年以上前のイギリス女王を褒め称える歌なのだ。反体制のロックバンドが女王陛下を称える歌を唄うなんて日本では考えられないよね。天皇陛下の世が万代続きますようになんて歌おうものなら、極右扱いされるのがこの日本。愛国=アメリカ万歳。こんな事からちょっと日本の「異常な、拗くれた、愛国・保守」というモノを考えてしまうオレ。
 あえて言うけどオレの政治スタンスは、反体制保守。反体制愛国者。反体制なのに愛国者って日本以外では別に珍しくないけど、日本では反体制=共産主義者・社会主義者、また反アメリカ=共産党、中国の手先と云うレッテルを貼られてしまう。そういうレッテル張りをして、真実にフタをして考えさせないように国民を誘導してきた日本の戦後。左右両翼が手を携え無意識にこの国の本当の伝統や文化を破壊してきた。歴史も文化もない根無し草の日本人製造政策.....。おかしと思わないか? 何で盆踊りに、クソイスラエルの民謡を踊るんだ日本人は?(マイムマイムはイスラエル民謡)それが文化って言えるのか?
 それはさておき、たかがロック音楽なんだけども、こういった事から世界の常識や、日本の異常な点に気付かされる事が多々ある。


 そんな大好きなVictoriaを、自分の結婚式の入場曲にも使ってしまった。小気味いいリズム。なんだか何か素晴らしい事が始まるようなワクワク感が曲の頭から満ち満ちていて、結婚式にうってつけだと思ったのだ。
 それは10年前の今日、しかも女房と出合ってちょうど20年目のその日にオレと女房は結婚式を挙げた。The KinksのVictoriaを入場曲に。今では、Victoriaを聴くたびに、自分の結婚式を思い出す特別な曲になってしまった。

 さてその結婚式、式を終るにあたって、ちょっとしたハプニングが起こった。退場の曲は、女房の大好きな曲にしようということで、Carol Kingの歌を選曲していた。だが、いざそのCDをかけようとしたら、ケースの中に中身が無い! 前日曲を決めるために家で聴いていて、CD本体をそのままプレーヤーのトレイの中に入れたままだったのだ。
 大失敗したなぁという思いがあるだけに、その事はこれまでずっと触れないで来た。普段は結婚記念日すら忘れる女房なのに、その事だけは忘れられないなぁと、昨日の夕食時に唐突に語りだした。やり直すなら、その退場だけもう一度やり直したいと。まあ、今となればいい思い出だ....と思う事にしよう。

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by kararachan | 2017-06-02 16:29 | 音楽 | Trackback | Comments(0)