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夏の終わりの雨、バンド終焉の雨 Riders on the storm

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 知床の夏は短くて、なんてよく云われる。そんな事はない。6月の半ばから8月一杯は夏だとオレは思うぞ。ただ、「真夏」と言える季節に関しては、本当に短いと思う。
 子供の頃からこの地域に住んでいる者にとっては、真夏って何時かというと、だいたい夏休みが始まる頃が始まりで、ピークは30日前後。そして8月の第一週には終わりを迎えるのが知床の「真夏」。7月の終わりに30度を超える日が数日続いて、もうこんな暑い日はまっぴらだと数日ぐったりしていると、突然夏の盛りは終ってしまう。子供の時からこの地域の真夏って本当に一瞬の時期だった。



 7月に入るとオホーツク海地方は何故か鈍よりとしたオホーツクグレーの曇り空が続く。夜なんかストーブなんか付けちゃったりして、早く暑い夏が来ないかな何て言っていると、その短い暑い夏がやって来るんだけど、ごめんやっぱり涼しい方が良いやなんて思っているから、この地の真夏は短いのかな。千葉生まれの女房に云わせると、オレが「真夏」だと云っている時期だけが夏だそうだ。あとは長ーい春と夏の前の季節と、同じく長ーい秋と冬の前の季節なんだそうだ。千葉から越してきたばかりの結婚当初、我が女房は毎日「ねー、何時になったら夏が来るの? ねー、何時来るのさ!」と愚痴をこぼしていたのが懐かしい。



 体にしみ込んだ季節のカレンダーはなかなか抜け切らないもので、7月の終わりと云えば一年で一番暑い季節のはず。ところがここ10年ほど季節の巡りがちょっと変だなと思っている。オレの感覚だと2週間ほど季節が早まっているのだ。知床でもこの夏一番の暑さを記録した、しかも35度なんていう気温を記録したのは7月の半ば。その時オレは、7月の終わりがもう来たのかと思っていた。そうすると1週間ほど暑い日が続いて、それからはマイルドな暑さ。今日はちょうど昔のお盆前の頃のような感じだ。やはり2週間季節が早まっていると思う。

 今日は午後から酷い土砂降りになってしまった。だいたい毎年8月の終り頃に大雨が降って、その翌日から朝の空気がヒンヤリと肌に感じる季節になる。そんな夏の終わりの大雨。その大雨が降ると夏はもう終わりなんだなぁと感慨にふけるのと夏休みが終るのがだいたい一緒だった。内地と違い、ここ北海道の小中学生の夏休みはだいたい25日位。だから8月の20日頃には学校が始まってしまう。そんな時期を思わせる大雨が、今降っている。まだ8月も始まっていないと云うのに、まさか夏は終るなんてことはないよね?



 The Doorsってバンドはオレにとっては夏をイメージさせるバンド。しかも夏の終わりを。今日みたいな雨降りの日に雨垂れの音を聞いていると、The Doorsの音が聞きたくなる。しかもRiders on the stormが。この雨が終れば、夏が終わりになるなんてことはないよね? まさかね。

 1971年に発表された実質的なThe Doorsの最後のアルバムL.A woman。The Doorsはアルバム最後の曲を10分ほどの大曲で締めるものが多いのだけれど、Jim Morrisonが参加した最後のアルバムでもその形式を踏襲している。夏のバンドThe Doorsの、夏の終わりを告げる大雨の曲Riders on the storm。夏が終わり、短いバンド命も終ってしまったというのは考えすぎだろうか? カリフォルニアはからっと青い空が覆っているのだろうか? それともオホーツクのようにグレーの鈍よりとした空なんだろうか? この曲を聴いていると、Jim Morrisonの目には、カリフォルニアの空はグレーに見えているんじゃないかなと思えてくる。



上の写真はオレの鞄につけているバッヂ。


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by kararachan | 2017-07-31 14:59 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

再びおじさんの趣味の暴走

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 斜里町には月1回、家電ゴミの日と云う収集日があって、小型家電なんかを処理費がかからず棄てられる。その日我が家の壊れた家電をゴミステーションに持って行くと、近所のおじさんとばったりと出くわした。おじさんは両手に大きなターンテーブル2台を抱えて、まさにゴミに出そうとしている。オレは思わず「おじさん、それ投げるの(北海道弁で捨てるの意)? だったらオレ使うからちょうだい!」と云ってしまった。その朝オレは壊れた家電をゴミに出しに行って、2台のターンテーブルを持ち帰って来たのだよ。

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これがそのDENONのDDターンテーブル。清掃済。いつでもプレイO.Kだ!

 実は今現在我が家にはミニコンポしか無い。独身時代には大学時代から使い続けてきたオーディオセットがあったのだが、なんせアンプだけでも20kgもある重量級のいろいろなメーカーを組み合わせたセットで、居間にあると邪魔なので、結婚を機に思い切ってポータブルオーディオに置き換えてしまったのだ。それでもそのSonyの重量級アンプはなかなか手放せず、2年ほど前まで2階の物置にしまっておいた。が、今中古オーディオがブームになっていて意外なほど高値で売れると言う事が分かり5000円で売っ払ってしまった。その時点で25年前のアンプだったのだが、なんせバブル期の各オーディオメーカーがしのぎを削って高級パーツをふんだんにフラッグシップモデルに投入していた機器だからボリュームのガリもほとんどない良コンディション。後ろ髪引かれる思いで売却したのだが、早まった事をした。

 1987年、上京時にターンテーブルは弟にあげてしまい、それ以来レコードは聴く事が出来なくなり、それ以来完全CD化していた。もうLPなんて聞かないとその時は思っていた。それまでためていたLPレコードは実家に置きっ放しにしていた。といってどれもこれも思い入れがあるので捨てはしなかったのだが、5年ほど前に思い切って処分する事にして、そのほとんどを二束三文で売っ払ってしまった。その時店員さん曰く「どれもこれも状態が素晴らしいですね。新品みたいですよ」と云われた。そうだよ、埃がかぶらないように、カビが涌かないようにずーっと大事にこれまで保管していたんだよ。でもターンテーブルもないし、聞かないから.....。やはり早まった事をした。

上の写真はLPの処分時にどうしても売りたくなくて手元に残しておいた数少ないLPレコード。家のオブジェとして、壁に飾られて一生を終えるはずが、こんな事で現役復帰する事になりそうだ。

 音楽はミニコンポで十分と思っていたのに、何故かここ数年オレの中の音楽熱が高まってきてしまった。ネットの音楽友達が増え、日々そんな会話をしているからだろうか? チャットモンチーの音楽に対する情熱がオレをそうさせるのだろうか? 今月だけでも10枚もCDを買ってしまった(5枚組の廉価版を含む。でも価格は1枚分)。そしてまたアナログレコードの音が聞きたいという強い思いが高まってきた。チャットモンチーがニューシングルをシングルレコードで出すご時世だ。

 居間で気軽に聴くにはミニコンポで十分だが、しっかりと音楽に向きあうには、ちゃんとしたオーディオセットが必要だ。今年になってハードオフや、ヤフオクで中古アンプの値段を見たり、入札までしてしまった。良いものが見つかるのだが、30年近く前のもので2〜3万円もする。そんな事をしていたら、先にターンテーブルがやって来た。その近所のおじさんから貰ったターンテーブルにはちゃんとカートリッジも附属していて(しかもシュアー)針もちゃんとついている完動品。DENONのダイレクトドライブターンテーブル。1980年ごろの製品で、定価が100,000円ぐらいの高級品。当時憧れのターンテーブルが今手元に!

 そんな訳で、再び赤い悪夢....じゃない、オーディオ熱が高まってしまった。ターンテーブルは手に入れた、次はアンプだ。ちゃんとフォノ入力の付いている、どうせなら30年ぐらい前の製品の方が良い。Luxmanが憧れだな(一番最初に買ってもらったのがLuxmanのL45A。これまた売っ払ってしまった。早まった事をした....。ヤフオクだと2万円台で売れている)。スピーカーはバックロードホンを自作する事に決めた。ネットでキットが売っていてフォステクスのスピーカーユニットを付けても1万5千円くらい。あとどうせならハイレゾ音源も聴きたい。King Crimsonの23枚組のBOXセット「The road to red」にはハイレゾ音源収録のBDが一枚あるのだが、プレーヤーがないので聴けないのだ。だからオーディオ用のBDプレーヤーもそのうち購入しよう。



 という事で、おじさんの趣味の暴走が始まったDrive to
2018なのであった。でも肝心の資金が無い。このアベノ不況で残業もほとんどなく、税金も物価も上がる一方。給料から趣味に割けるお金なんてほとんどない。という事で、アンケートやクラウドワークみたいなものを駆使してせっせと小銭を貯めているオレなのであった。

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by kararachan | 2017-07-29 11:10 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

オレの頭痛解消法 This is the painkiller

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 7月は暑い日は暑過ぎて、すっかりブログを書く氣力が失せてしまった。書かないとアクセスがほとんどなくなる、極マイナーなこのブログ。自分のために書いていると言いながら、やはり人の子、アクセス数がちょっとは気になる。でも暑いと何もする気がおきない、北海道のオホーツク海沿岸地帯は寒帯です。住民は暑さに弱いデス。斜里からたった90km離れた内陸の街、北見に行くだけでオレは夏バテします。そんな訳で最近はこのブログの更新が滞ってイマスデス。
 前置きはともかく、何故か久々の投稿は、頭痛解消法。

 今日は前線の通過に伴う大雨で、こんな日は眠かったり、やはりやる氣が起きなかったり、酷い時だと頭痛に悩まされる。これは子供の時から。天気が急変して雨になる時なんかは、頭が痛くなって直ぐに横になっていた。大人になってからはそうも行かないので、長らく頭痛薬に頼っていて、かばんには何時も頭痛薬を忍ばせていた女子のようなオレ。

 でも、頭痛薬・痛み止めの常用って重大な弊害がある。まず免疫が落ちるのと、肝臓や腎臓に障害をもたらす。さらに癌やリュウマチ白血病の原因にもなり得る。ああ、なんて恐ろしい。そのような病気になれば、さらに医薬業界が儲かるから、医薬業界はどんどん強い薬を勧める麻薬の売人みたいなもんだな。

 とは言っても、頭痛の苦しさは当人にしか判らない。ここ数年女房と美味しいものを食べに行って(斜里にはそういうレストランが無いので、車で1〜2時間走って遠方の街に食べに行く)、するとその帰りに片頭痛を起して後部座席に死人のように蹲り家に帰るなんてことが何度もあった。そんなんで女房曰く「シャリ君(30年前から、女房からオレはそう呼ばれている)とイタリアン食べに行くと、頭痛を起すから行くのが怖い」と云われるしまつ。最近は極力頭痛薬を使わないようにしているんだけども、そんな遠出の時はこっそりと頭痛薬を持ち歩いている。しょうがないので。

 さて、そんな緊急時以外は頭痛薬なんて毒物使っていい事が無い。じゃあどうしているかと言うと、自然療法で何とか切り抜けようとしている。

 オレの場合頭痛信号があって、決まって痛くなる前に目の前がチカチカと何か点滅するようにまぶしさを感じる。それから、首筋がガチガチに凝っていたり、異常な眠気に襲われたりする。そんな危険信号をキャッチしたらまずする事は、頭痛体操。僧帽筋の緊張をほぐす事で頭痛を未然に防ぐ事が出来るのだ。



 そして現代の魔術的頭痛療法がこれ。嘘みたいだが、これでスッキリと治る時がある。痛みは何かから逃れるために自分で起こしているのかも知れない。そう、何処かの娘が良く熱を出して寝込むのは、母親が子供を放ったらかして働きに出ているのと一緒だ。子育てが好きじゃないんなら生まなきゃ良いのに。


最後にギャグを一つ。頭が痛い時に、こんな風に頭を振り回し続ければ頭痛が吹き飛ぶかも知れない。
出来たらの話だけど。 ←冬、片頭痛で頭が割れそうな時に、雪に車がはまってしまって苦痛に泣きながらもスコップで雪に埋もれたタイヤを掘り出した事がある。その後なんと頭痛がきれいさっぱり消えていたのだ。ヘビメタで頭痛解消が出来るかも?

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by kararachan | 2017-07-28 17:10 | 治療 | Trackback | Comments(0)

良い音楽家は音楽に陶酔するが、良くない音楽家は自分に陶酔する

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 最近ちょっとしたスピリチュアルな体験を(別に神を感じたとか、聖霊に会ったとか云うわけでもないが、日本語でこれを表す適当な言葉がないのでスピリチュアルな体験と書く。Curtis Mayfieldについて書いたこの投稿を参照してくれ)したもので、ちょっとスピリチュアルづいている。今回もちょっとスピリチュアルな内容なんだけども、興味のない人は読み飛ばしてくれ。

 先日友達たちが企画主催したメーメーストックと云う愛と平和の音楽イベントに出演した。場所は斜里町郊外の山の中にぽつりと一軒存在する、メーメーベーカリー。このパン屋は離農したたぶん築60年以上のエライ古い家を改築して薪窯を作ってパンを焼いて売っている。そんなパン屋の中庭と言うか、店前のあいた土地でライブと出店をやると言うのが今回のメーメーストック。

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ほんの一時だけ雨が上がり、蚊に刺されながらも屋外で演奏する事の出来た遊君。

 残念ながら当日は朝からシトシト雨が降り、出店は全て店内、ライブも店主の居住スペースをステージにして行うことになった。
 出演者は全部で8組。フォルクローレから始まり、ヒーリングミュージック、詩の朗読、ギター一本で熱唱など、各自が思い思いのパフォーマンスを繰り広げた。
 オレも女房の友達達と、ノーザンライツというバンド名でギタリストとして(音程の外れたギターで、ノイズ担当と云った方が良いかもw)出演。ゴダイゴのBeautiful nameと上々颱風バージョンのLet it beのカバーを演奏した。狭いステージゆえ、オレはギターアンプに座りながら演奏したんだけども、自分の音があまり聞こえず、勢いだけの演奏になってしまった。精いっぱいの演奏だったので、反省はするけれども、悔いは無い。
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本業は鍼灸師のひとりゆげさん。不思議なヒーリング楽器を演奏してくれた。
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カリンバの親戚のアフリカの楽器を演奏するナンシーちゃんの後ろ姿。後ろにいる犬はナンシーちゃんの相棒・会場沸かせ役(ピエール瀧役w)のアスペル君。


 そして圧巻はなんといっても、トリの「ねむねむの木」さん。キャンピングカーで全国を放浪し、つい先日北海道の標茶町に腰を落ち着けた男女2人組のユニット。ヴォーカルのシロちゃんが、旦那の弾くアコースティックギターの演奏で歌い出すとその場がさーっと一変した。いつものメーメーベーカリーの室内が、神聖なる気で充ち満ちるのが判る。二人とも前髪を眉毛の上5cmで切りそろえられ、まるで伝説巨人イデオンのバッフクラン星人のようだ。愛と平和と言うのがこのイベントのキーワードだったんだけども、そのキーワードをまさに体現する2人の演奏だった。北海道の東部に居を定めつつも、これからも全国を歌って廻るそうなので、「ねむねむの木」と云う名前を見かけたなら是非聞きに行って欲しい。


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youtubeで見つけた、ねむねむの木さんの演奏

 このメーメーストックでオレにとって印象深い出来事が有った。うちらの演奏が終わり楽器を片づけようとしていた時に、ナマズみたいな顔をした爺さんが、「ちょっと私にピアノを弾いて欲しいと言われたものだから」と言い訳しつつみんなの前にしゃしゃり出てきた。そしてキーボードの前に座ると、ただ鍵盤を叩きつけるだけの粗雑な演奏でジャズのスタンダードを弾き始めた。そのキーボードはうちらの備品で、もちろん弾かせてと言われれば心地よく「良いよ」と云ったろう。だが、その爺さんはなんの断りも無く、当然のようなナマズ顔で、頼まれてもいないのに、乱雑な演奏を初めた。そして観客のお義理の拍手に酔いしれていた。

 オレとしてはかなりムッとする出来事だったんだけれども、ねむねむの木さんの演奏を聴いた後になって、このナマズ爺の演奏の意味が胸に湧いて出てきた。
 この日出演した人たちは、もちろんうちらのバンドも含めて、皆真摯に音楽に向きあい、心を込めて演奏した。自分たちの作り出す音に酔いしれていたと言っても良い。音楽は神様に捧げる神聖な調和、宇宙につながる調和。演奏すると言う事は有る意味神事だと言っても良い。ところがこのナマズ爺の演奏は、自分にしか向かっていない。自己陶酔だけの演奏。そこには観客も、音楽の神様も無く、どうだオレはこんなことも出来るのだぞと言ういやらしい自己顕示欲だけがそこに有った。音楽に陶酔しても、自分に陶酔してはいけない。なぜなら全て音楽は、聖なるものに捧げる神事なのだから。
 オレはこんな事を、このなまず爺のまずい演奏を聴く事によって、気がつく事が出来た。ねむねむの木さんの神事。そしてナマズ爺の珍事。この対照的な2つの演奏によって、音楽の深遠をのぞき見た気がする。
 そんな訳で、ナマズ爺の演奏もけっして無駄な時間では無かったと言うことだ。聖なる精神は人間に思いもつかない、トリッキーな事をして、何かを伝えようとする。

 メーメーストックが終わった次の日。女房の言葉。「オコンコロや遊君は南米、ひとりゆげさんは北米(楽器が)、ナンシーちゃんはアフリカ、ねむねむの木さんは日本やアジア。うちらのバンドも日本やアジアだけど、Let it beはもともとイギリス。と言った訳で、地球の各地域を象徴するグループがここに集まって、平和と愛を歌ったんだね。」と。そんな訳で、音楽はつくづく神事なんだなぁと心底納得した一日だった。

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by kararachan | 2017-07-03 23:47 | 音楽 | Trackback | Comments(0)