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U.K Danger money

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 CDを買う時に今は輸入盤も、国内盤も全く気にしないで買っている。欲しいものがあればAmazonで検索して、自分の納得した値段のものを選んで買う訳だ。それがたまたま国内盤だったり、輸入盤だったり。でもそんな買い方が普通になったのはこの15年くらいだろうか。20年くらい前はまだ、amazonの日本法人なんか無く、amazon USAやもう名前忘れてしまったショップ(よく購入していたのにね)といった海外のインターネットCDショップから直輸入で購入していたものだ。
 20年前なら可能な限り国内盤のCDを買っていた。でも今は殆ど生産国は気にしていない。同じアルバムなら1000円ほど国内盤と海外版で違う事が珍しくないが、それだけ余分にお金を払う価値が見いだせない事が多いから輸入盤の方に手が伸びてしまう。それにオレの好きなバンドの場合、最近は国内盤が出ない事も珍しくない。洋楽事情はすっかり様変わりしてしまったと思う。

 小学生、中学生の時分は地元斜里に一軒しかないレコード屋の尾張屋さんで購入していた。高校生になり網走に通うようになる。そうすると当然網走のレコード屋さんに足を運ぶようになった。網走は斜里よりも人口で3倍大きな街で、商店街も大きく賑やかだ。レコード屋も1980年代当時は4件あった。一つはオレが一番通ったタカマ楽器店。次はふくや楽器店。次は今はもう無い地場デパート金市館のたしか3階にあったタケダ楽器網走店(北見が本店)。そしてレコード屋というよりもレコードコーナーと言った方が良いんだけども関西テレビの地下レコード売場(何故かプログレが充実していた。ELPの恐怖の頭脳改革はここで初めて見た)。今でも残っているのはふくやだけになってしまって、何だか寂しいが時代の流れだね。
 網走、斜里ともにこれらのレコード屋はもちろん国内盤だけしか扱っていない。国内盤よりも安価に買える輸入盤レコード店は憧れだったなぁ。初めて輸入盤専門店に入ったのは、修学旅行で訪れた京都。お小遣いの8割近くをレコードの購入に充ててしまったよ。輸入盤では見た事もない、存在する事すら知らなかった12inchシングルや編集盤があったりして、お店の棚を漁る時は狂喜したよ。


 そんな田舎の高校生だけども、輸入盤専門店は近くになくても、音楽好きの同級生達と輸入盤を通販で共同購入していたのだ。阿部というソウル好きの奴がいて、あるとき細かい文字がびっしりと書いてあるリストを学校に持ってきた。その細かい文字は全てレコードのタイトルと金額。中身を読むとロックからソウルの名盤珍盤の輸入盤が格安で買える。阿部がそれを持ってきたのは、みんなで買えばその分送料が安くなるからだ。
 その時に買ったのがU.KのDanger Moneyだった。King Crimsonは全て持っていても、U.Kまでは少ない小遣いの高校生にとっては、ちょっと手が出しづらい。雑誌のプログレ特集なんかを読むと必聴盤なんて書いてあったけれども、全く聴いた事のないアルバムを買うのはかなり勇気がいる。そんな時にこうした輸入盤の通販なら、気軽に買えるってもんだ。国内盤よりも1000円以上も安かったと思う。
 そのレコードは、いわゆるカット盤といわれているやつで、手元に届いた時に確認してみるとジャケットの背にちょっとハサミのようなもので切り込みが入れられてあった。当時の流通の事情で、こうやって傷物にして訳ありとして処分しなきゃならない事情があったんだろう。


 さて、そうやって安く購入したこのDanger Moneyなんだけども、いざ家で再生しようとしたら、とんでもない不良品だった。レコード盤のA面の外周から内周までピーッと一本の深いキズが入っていた。そのため再生すると定期的に「ポツ」「ポツ」とノイズが入る。そんなわけでA面の曲は全滅。最初から最後まで全部にノイズが。これはかなり気になるし、再生中レコード針が痛むんじゃないかと気が気でなかった。
 阿部曰く「これはカット盤というよりも不良品だから交換してもらったら」と言ってくれたものの、面倒くさいのと、なんだかガッカリしたのとで、そのまま放っておいた。
 レコードはカセットに録音して聴いていたのだが(レコードを減らさないため)、さすがDanger Moneyはノイズが気になって、期待に胸を膨らませてせっかく買ったのに殆ど聴かなかった。なんか余り聴く気になれなかったんだよな。良い曲が多いのにもったいない。それがトラウマになっていたのか、その後そのアルバムをCDで買い直したのはつい10年前。今でもこのアルバムを聴く度に、その時の「ポツ」「ポツ」というノイズの事を思い出してしまう。
 今でもそうだが、通販には危険がつきまとうのだ。

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by kararachan | 2017-08-25 16:46 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

サンタマリ〜〜〜ア! 何故か忘れ去られてしまったNewton Family

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 Newton familyってバンドを覚えている人がどれほどいるだろうか? 70年代の終わりのディスコブーム時に登場したハンガリーのバンド。いくつかのヒット曲を飛ばして、当時は日本でもそこそこ知名度が高かったと思う。多分オレが中学生の頃だと思うのだけれど(1980〜81年ごろかな)、NHKの歌番組に出て数曲歌っていたのをオレはみたよ。大人数で賑やかで、ちょっと西ヨーロッパの雰囲気と微妙にズレたファッションが印象に残っている。

 その当時は東西冷戦が一番緊張感溢れる時期なので、共産圏の情報なんて殆どないに等しいし、まして共産圏からの音楽バンドと言うだけでもかなり珍しかった。オレの子供時分ではニュートンファミリー以外に当時の言葉で云う「鉄のカーテン」の向こう側からやって来て活躍したバンドなんて聴いた事がなかったな。1990年代になってソビエトが崩壊してからソビエトのメタルバンドのコンピレーション盤なんかが日本に紹介された。共産党独裁下のソビエトでもヘビメタがあったんだなと驚いた事を覚えている。
 でも、このニュートンファミリーはそんなソビエトの崩壊よりも10年も前に、西側で歌い、活躍していたんだよね。当時の西側の人は共産圏の国全てがソ連に忠誠を誓っていて西側に対しては敵対していると云うイメージを持っていたと思う。だけどもオレのハンガリー人の数人の友達に話を聞いてみるとどうもハンガリーはソビエトの影響圏下にあったけれども、ソビエトに完全に忠誠していたというわけではなかったようだ。だからニュートンファミリーの様なグループが世界で活躍出来たんだろう。


 40歳ぐらいから、こんな子供の時に聴いた歌が無性に聴きたくなって、ニュートンファミリーのベスト盤みたいなものはないのかなと、探してみるのだが、今じゃ彼らの音を聞く事は非常に難しくなっている事に気がついた。全くアルバムが市場に出ていないのだ。それでも飽き足らず色々と探してみると、当時のディスコヒット曲のコンピレーション「キャンディ・ポップス」なんて云うアルバムをやっと見つけた。まったくおっさんが買うには相応しくないアルバムなのだが、この中にちょうど聴きたかった2曲が入っていて、10年前にはこれ以外にニュートンファミリーの歌を聴く事が出来なかった。今検索してみても状況は変わっていないなぁ。30年前に出た彼らのベストCDや当時のLPを高額なプレミア付きで買うか、キャンディ・ポップスを買うかのどちらか。残念ながらニュートンファミリーは再評価されていないんだね。
 
 彼らの歌には何かアジア的な風味がちょっとあって、そこがまた良い所なんだよな。それは当時のヨーロッパのディスコミュージック全般にも言えるんだけど。やはりこの味わいはアメリカのグループには全くない。例えばアメリカのビレッジ・ピープルの楽曲なんかいい例だと思う。
 
 まあ何はともあれ、この楽曲の何が一番好きかって云うと、「サンタマリ〜〜〜ア」って雄叫びがツボにはまったね。


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by kararachan | 2017-08-22 10:38 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Message in a bottleで指のマッサージ

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 10歳の時にBoz ScaggsのHollywoodで洋楽に目覚めたとは言え、13歳頃までロックなんて、特に意識なんてしていなかったよ。そんなだから、当時よく聴いていたものは、ディスコ物(ソウルもディスコも一緒だわな)、ポップスが非常に多かった。今思えばオレの本格的なロックバンドとの出会いははThe Policeだった。

 この当時Rod StewartやらQueenなんかが流行ってたけど、何故か耳が吸い付いて離れない音がThe PoliceのMessage in a bottleだった。こんなブログを書くまで全く意識していなかったんだけども、オレの本格的なロックの始まりはThe Policeだったって事に今更気がついて自分で驚いた。
 どうしてこの曲が気に入ったかはちっとも判らないけれども、チャートを埋め尽くすディスコビートと正反対の、なんだか洗練されてスマート(和製英語の細いと言う意味ではないぞ)な感じが気に入ったんだと思う。それと曲の緩急が良いよな。


 その後も物凄く評判の悪い「De do do do de da da da ハ、アイノコトバダ」でお馴染、De do do do de da da da とか、高校教師と立て続けにシングルを買って愛聴していたなぁ。

 会社の人間と、しかもスナックでカラオケって云うのがオレにとっては最も面白く無いクソイベントなんでそんな時は殆ど歌わない。上司のはげオヤジに合わせて演歌なんか歌うほど柔軟性に溢れていない人間なんでね。音楽の趣味が違い過ぎるカラオケはとにかく苦痛なだけ。そんな時は泉谷しげるとかモップスなんか歌ってごまかしている。気の置けない友達たちとならカラオケも楽しいんだけどね。そんな時はMessage in a bottleはオレの定番曲だ。

 カラオケに飽き足らず、弾き語りが出来ればと思ってかなり前からMessage in a bottelのギターを特訓しているのだが、実はこの曲そんなに複雑な曲じゃない。だけども、あの印象的なイントロなんかは9thコードの連続なんで、オレみたいに手の小さい、指の短い、手首の堅い三大苦ギタリストにとっては至難の業。もう何ヶ月も練習し続けて、最近ようやっと音がつながって流れるように弾けるようになった。でも、指の股、手首が疲労骨折しそうだ。指の筋力手首の柔軟性を鍛える大リーグ養成ギプスが必要だ。
 あと指が開くように、TVを見ている時、女房が運転する車に乗っている時なんか、左手の小指と薬指で太ももを挟んで指の間を広げるトレーニングなんかしていたりする。でもそんなトレーニングばかりじゃ、指がおかしくなるので、Massageが必要だな。
 さて、何時になったらこの曲を不自由なく語り弾き出来るようになれるものだか。Andy Summers師匠の教えを聞いて、練習に励むのだ。
Andy Summers師匠のギターレッスン。パート5まである

 それとRoxanneはキンキン声師匠のStingから直接指導してもらった。といってもMacのおまけについている音楽ソフトウェア、Garage Bandのアーティストレッスンなんだけどもね。500円でStingから曲のひき方を教えてもらえる。それにしても便利な世の中だ。
Roxanne / The Police

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by kararachan | 2017-08-19 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

極北の死なないNirvanaは、ハルカトミユキと云う

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 Nirvanaを初めて聞いた時は、正直ピンと来なかった。中途半端なハードロック、パンク?というのが正直なところだった。音楽仲間の大塚君は物凄く彼らの音にのめり込んで、オレに聴け聴けというのだが、ちっとも良いと思わないのだ。その転機が訪れたのはCurt Cobainの自殺。最新のロック27歳伝説。彼の自殺でやっと彼らの音楽がどういうものかオレにも理解できた。彼の怨念のような音楽に込めた念は凄いものがあったなぁと今にして思う。それからしばらく、「死」が頭から離れなかった。彼の死に衝撃を受けたミュージシャンも少なからずいたんだろう。大槻ケンヂは「レティクル座妄想」という死の臭いたっぷりの作品を作り上げた。

 だけども今じゃもうNirvanaなんかもう聴かない。「死の束縛」から開放されたんだ。っていうか50歳になれば死なんか直ぐそこにある現実だ。
 John Lydonがこんな事を言っていて、オレも同意見だな。「ニルヴァーナみたいな連中がパンク・バンドを自称するなんて見当違いもはなはだしい。表現の全てを自虐的ヒロイズムから出発させるなんて、これほど不毛で愚昧で無駄な芸術形態が他にあるかってんだ」。破壊的と言われるが実はJohn Lydonは物凄くクリエイティブな男の一人だとオレは思っている。クリエイティブな3人のJohn。Wetton、Foxx、そしてLydon。音楽はとてもクリエイティブな行為なんだとこの年になってつくづく思う。

 大槻ケンヂの番組に登場して知ったハルカトミユキ。かわいらしい姿とは裏腹に、その作り上げた音世界は残酷に美しく陰鬱だ。なるほどNirvanaを敬愛していると公言しているのも頷ける音と暗黒さだ。だけども.....。
その日が来たら / ハルカトミユキ


 人に興味がないと公言する彼女達はいったい誰に向かって歌いかけているのだろう? 彼女達は自分たちの存在を、歌わなければその存在を否定されて、無いものにされてしまわないように、自分たちの存在を確かめるために歌っているように思える。自分たちがいるからこそ歌い続けるのだ。Curtとは逆なのだ。彼は自分を否定するために歌っていたのだ(Cortney LoveがCurt殺しの主犯だと言う説もオレは読んでいるが。あえてこう書く。尾崎豊、Curt Cobainの共通項、妻が草加煎餅学会員)。

 彼女達の歌に「絶望ごっこ」と言う曲があるが、ハルカトミユキは何にも絶望していない。人には何も期待していないからだ。だからこそ絶望ごっこ。期待していない人に、絶望なんかありっこない。ここに極北の絶対死なないNirvanaが誕生した。

絶望ごっこ/ ハルカトミユキ

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by kararachan | 2017-08-17 13:31 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Queen Victoriaはいるけど、Kingは何処へ

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 夕食後は女房と何時もお茶をしながら取り留めの無い話をしている。先日女房の口から出た話に、オレは思わずビクッと動きが止まってしまった。オレにとっては忘れて欲しい、辛い記憶の話。オレの女房はなんでも忘れてしまうんで(結婚記念日もオレが言わないと忘れてしまうくらい)、てっきりその事は忘れていると思っていた。

 それは二人の結婚式の事だった。うちらの結婚式は人前式を選び、式と披露宴がそのまま続く形式をとった。その結婚式の入場曲をどうしようか、二人であれこれ候補を出して、結果として入場の曲はThe KinksのVictoria。これはオレが、愛してやまない曲。そして退場の曲は、Carole KingのTapestryに決めた。それは結婚式前日の事で、オーディオセットの前で曲を聴いてお互いに最終的に確認したのだ。

 さて式当日。準備万端調えていざ式場へ。北海道では一般的な結婚式では発起人会をつくり、当日はその人達にあれこれ準備をしてもらうのだが、オレ達の場合は特にそういう事はせず、ただ兄弟・友達に手が回らない事を頼む程度にした。式場の係員から、入場曲と退場曲のCDをちょうだいと言われて、私はそのディスクを持っていった。入場はこのCDの1曲目。退場はこっちのCDの11曲目と指示をした。しばらくするとその係員さんがまた私のところにやってくる。「あのー、この退場曲のCDですけど、ケースだけで、中身が入っていないんですけど.....。」。オレは真っ青になったね。よりにもよって、女房の選択した曲が流れない。オレは思わず家に取りに行こうかと思ったけれども、往復30分以上かかる。これじゃ式に間に合わない。女房に謝りに行くと、彼女は着付けで忙しく、「忘れたんだからしょうがないよ。なんでも良いよ。」とちょっと怒った表情で云った。オレは係員さんに、「曲はまかせるからなんでも良いので、お願いします」と、頼んだ。


 さて、式も全て無事終わり、問題の退場のシーンが訪れた。曲が流れ始める。えええ、なんじゃこれ、ラップが流れてくるぞ! しかもあのクッサーイやつ。「♫一生一緒にいてくれや」。この当時流行っていたラップのヒット曲で、うちらには最も縁遠い選曲。ううう、オレはコケそうになりながらも、参加者が作る人の輪をくぐって退場したよ。きっと顔は嬉しいような、泣きそうな、複雑な顔をしていたと思う。きっと会場にいた人達は、うれし泣きを我慢していると受け取ったに違いない。ああああぁ。人生一つだけ、やり直せるなら、結婚式前夜にもどり試聴したCDをケースにちゃんと戻したい。

 この事は、オレとしてはもう思い出したくない悲しい思い出で、これまで女房との会話でも持ち出さないようにしていたのだ、この10年間。10年間1度もその事を女房は語らないので、彼女はすっかり忘れていると思い、しめしめと思っていたのだが。その話が女房の口から唐突に出てきた。オレは思わず、顔をしかめ「その、その話はやめてくれー」と言ってしまう。女房は「なんで」とあっさりしている。オレはてっきりまだ女房が怒っていると思っていたのだ。この10年間ずっと。
 女房曰く、「怒ってなんかいないよ。そんなこと未だ気にしていたの?」。

 オレは失敗って、ずいぶん後まで引きずるタチなんだよな。たとえ女房からこういわれても。もう今では笑い話になってしまうこんな話でも、そういう話をする時は胸の何処かがチクリと痛む。

 それにしても、「一生一緒にいてくれや」だよ、あああ。あんな歌じゃうちらヤンキー夫婦みたいじゃないか。何が恥ずかしいって、あの曲をうちらが選んだと思われるのが一番恥ずかしい。

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by kararachan | 2017-08-16 22:09 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Rebert Fripp先生と素晴らしきボーカリストたち6 Cheikha Remitti

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 1993年から96年の間オレは渋谷の会社に勤務していていたんで、仕事帰りは頻繁にHMVやWAVEなどに立ち寄っていた。WAVEって今はもう無いんだってね。暗い渋谷店の雰囲気が懐かしいなぁ。The Leningrad Cowboysが来日時にWaveの店内でミニライブをやったのを見に行った事があった。悪男なんか土下座して謝りそうな、ホントに凄いリーゼントだった。

 仕事帰りに丹念にCD売場をチェックしていると、たまに面白いものを見つけるからますますやめられない。いつもは通り過ぎるHMVのワールドミュージックコーナなんだけども、一つのポップが目に飛び込んできた。そこにはFlea、Robert Fripp等豪華ミュージシャンが参加と書いてある。そこには見た事のないしわしわの婆さんの写真が添えられていて、なんだこれと、思わず手に取ってしまった。それはCheikha Remittiと云うアルジェリア歌手のSidi Mansourというアルバム。オレはこの時初めて知ったが、ライーと云うアラブ音楽のジャンルがあるらしい。それ以外の情報は何もないけども、Fripp先生にChillipeppersのFleaが共演ってどういう事だよ、しかもアラブ音楽! という訳で躊躇無くそのアルバムを手にしてレジに向かった訳だよ。


 基本的にオレは温かい地方の音楽は一切興味なし。アフリカだの中東だの沖縄だの、温かくはないが中南米の音楽もオレの興味にはない。コンドルなんか勝手にどっかに飛んでいけってなもんだ。それはともかく、こんなあり得ない組み合わせの音楽ならそれがなんであれもちろん聞いて見たい。たとえブームでも、Rbert Frippが参加していれば聞いてしまうだろう。

 Fripp先生はこんな感じで、予期せぬところでギターを弾いているのが面白い。このブログでもオレが知る限りのRobert Frippの活動のごく一部を、Fripp先生シリーズで取り上げていたけれども、誰かその全てを調べ上げてデータにしている人はいないんだろうか? いやFripp先生のリスナーと言うだけで変人認定だから、絶対に世界の何処かに7人はいるとみた。オレも2000年ごろまではずいぶん丹念にFripp先生がたった1曲の参加したって云うだけでCDを買っていたりしていた。だけどもアルバムそのものが良くなければ聞かないので、いつしかそういう音楽の買い方はしなくなってしまった。


 さて、この1994年に発売された、Cheikha Rimittiの‎Sidi Mansourだが、聞けば判る通りもろ中東の音。複雑なリズムに、アラブのメロディーが、くねりくねり奏でられる。Fleaのベースはこんな中東の音楽にも全く違和感が無いと言うのが面白い。そしてFripp先生の複雑怪奇なソロがからんでくる。かなりスリリングな展開だ。いったいどんな経緯で、彼女のレコードにFripp先生が参加する事になったのだろう? この当時ロッキンオンは読んでいたのだけれど、あの雑誌ではこの手の情報はとても弱く、店頭でこのCDを見るまではこんな事は全く知らなかった。たぶんミュージックマガジンなら取り上げていたのだろうけれど、あの読者を見下すような雑誌のスタンス、それとあの雑誌を好む奴がそろいも揃ってゲス野郎ばかりだったのでオレは読まない事にしていたのだ。

 この異色の組み合わせのアルバム、最初は面白がって聞いていたんだけども、やっぱりオレには単調で直に飽きてしまった。同じ単調な繰返しでも何故かインド音楽なら楽しめるのに。歌詞はただハリー・クリシュナを108回繰り返す曲、しかも10数分もする曲なんだけども、そんな曲でもインド音楽なら最後にはノリノリになってしまうのだが、これはきっとオレの前世に何か関係があるに違いない。そういう事にしよう。

 それはそうと、この婆さん2006年にパリで心臓発作で83歳で亡くなっているそうだ。しかも死のその2日前には4500人の聴衆の前でライブを行っていたとか。面白いミュージシャンが世界にはいるが、こういった切っ掛けでもなければ偏狭な耳のオレには届かないなぁ。

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by kararachan | 2017-08-14 14:35 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

買わないつもりでいた「溜息の断面図」 ハルカトミユキ

 チャットモンチーは2人だけどもロックバンドと見なされている。ハルカトミユキも同じく2人組だが、フォーク・ロックユニットといわれている。ユニットとバンドの違いって何だろう? オレはハルカトミユキも間違いなくロックバンドだと思う。


 6月28日に発売になったハルカトミユキの3ndアルバム「溜息の断面図」は、発売前からとても気になっていた。でも今回は買わない事に決めていた。本人達のこのアルバムに対する意気込み、曲に込めた思いを読んでいると、あまりにダークすぎて、聴くにはヘビーすぎると思っていたからだ。ハルカトミユキが軽く楽しい訳がない。最近はそういう負の感情を込めたものは聞かないようにしているのだ。
近眼のゾンビ / ハルカトミユキ

 なので、PVも見ないようにしていたのだが、ついつい見てしまった。1曲聞くと次々と続けて聞いてしまうしかない。やはりどの曲も重くダークで、ハルカトミユキの2人じゃなきゃ表現出来ない世界。すっかり曲の魅力に引きずり込まれてしまって、もうこれは買って聞くしかないなって思っている。ああ、またしてもこの2人にやられてしまった。
わらべうた / ハルカトミユキ

 重く、ダークで、ネガティブと言えば、「この腐敗した世界に堕された、こんなもののために生まれたんじゃない」なんてほざいている歌手がいた。オレに言わせりゃ、「お前みたいなのが居るから、この世は腐敗した世の中になるんだよ。お前こそが腐敗だ」って言い返したいが、ハルカトミユキの世界はそういうものじゃない。この世界にたった独りぼっちの自分がいる、その事を確かめるために歌を歌っている彼女達が居る。腐敗を作り出すのは自分だ。そしてハルカトミユキはこの世を腐敗させようなんて少しも思っていない。それが腐敗した歌手とハルカトミユキの大きな違いだ。
終わりの始まり / ハルカトミユキ

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by kararachan | 2017-08-13 11:52 | 音楽 | Trackback | Comments(1)

アングラをオーバーグラウンドに引き上げた大槻ケンジ

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 ネクラ、アングラ、ネガティブ、ドロドロ、そんなものを暗い地の底から、光の当たる位置にまで引き上げたのは大槻ケンヂ(以下オオケン)の功績じゃないかなってオレは思っている。
 本来ならゲテモノ、アングラで終わってしまったはずの筋肉少女帯、だけれども何故かバンドブームの追い風を上手に利用して、そしてオオケンのおもしろキモいキャラクターが受けてしまって、メジャーになってしまった。1学年に1人や2人は新谷君みたいな暗くて、何を考えているか判らないから怖いなんて、女子に敬遠されているヤツは全国何処にでも居るだろう。実際オーケンもパンクでポンって曲で「オレはな、学生の時に女子と話しが出来無かったんだよ!」と絶叫している。オレも高校時代は、女子とは殆ど会話しなかったなぁ。オレも新谷君の事笑えないや。

 そんな何を考えているか判らないネクラ君が、普段は表に出さないその胸のうちを大胆にもさらけ出したら以外や以外、ボクも、私もそうなんだよ、と云うヤツが以外と大勢いた。それが筋肉少女帯がここまで受け入れられた理由じゃないかな。おまえ達はな、決して諸派なんてひと括りされる山本太郎と仲間達みたいなドマイナーじゃないんだよ。少なくとも共産党の支持率程度のメジャーな少数派なんだよと!。何だか何言っているか判らなくなったぞ。
 それはさておき、そんな日に当たってしまったアングラのオオケン、デビューから一貫して少しもブレていない。初めて宝島で筋少の写真を見た時は、絶対こいつら1年後には消えていると思ったものだが、それから30年も経ってしまった。そんな何度も虫に転生して、この度やっと再び人間に生まれ変わったと思ったら、オレ達少数派かよと云うそんなあなた方への応援歌。



 アングラをオーバーグラウンドに引き上げたのはオオケンの功績だと思っているのだが、その集大成は彼の初ソロアルバム「オンリーユー」だろう。このアルバムにはいろんなアーティストのカバー曲が収録されていて、そのどの曲もアングラの名にふさわしい楽曲ばかり。ばちかぶり、暗黒大陸じゃがたら、スターリン、遠藤賢司、左とん平w、空手バカボン、INU、PANTA&HAL、有頂天といったそうそうたる楽曲群。「あのさぁ、オレの青春はINUだったんだよ」、そんな奴回りにいたか? いたらきっとそいつは危ない奴。近寄らない方が云い(笑)。そんな恐ろしい歌曲を、オオケンの名のもとに、日の当たる所に引き上げられていいのか? 日に当てたら死んじゃわないか? 水木しげるのマンガの妖怪みたいに?



 オオケンは1990年前半にモグラネグラと云う深夜TV番組(オールナイトニッポンみたいにパーソナリティーが日替わりで、鈴木慶一とかローリーとかもやっていた)の水曜日ぐらいを担当していて、ある時オオケンそっくりの新人歌手がスタジオにやってきた事があったんだよな。斉藤和義って云う人で、フォークロックみたいな、つかみ所のない曲のPVが流れた。平坦で振幅のないメロディーのつまらない歌を歌う歌手だったが、素顔のオーケンに似ているのがおかしくて印象に残っていた。正直、この人は売れないなぁと思っていたけど、20年経ってこんな事になるとはね。忘れてたよ、オーケンはアングラだけど、斉藤はメジャーだったんだね。支持層が広いとこういう事になるってわけだ。

 オーケンのようなパーソナリティーは、大多数には受けないけれども、極少数のコアなファンが付いているから番組が成り立つのだろうか。つい数年前まで、「オーケンののほほん計画」という番組がBSでをやっていた。低予算の割にはユニコーンの出身母校をメンバー達と訪ねる旅をしたり、地味に面白かったよ。中でも一番印象に残っているのは、サマーフェスの各アーティストの楽屋訪問。事前に事務所の承諾を得ていないからと、ユニコーンの奥田民生は写さないように取材していたりしていた。
 オーケンが次の楽屋に移動しようとしたその時、かわいらしい女性2人組が彼の前にやってきて、是非私たちのアルバムを聞いてくださいと云ってCDを渡すシーンがあった。いかにも新人然とした素人臭いバンド。番組内に組み込まれたたアーティスト宣伝なんだなと思って見ていた。こういう番組は、レコード会社からの広告で成り立っているんだろうな、と漠然と見ていた。バンド名はハルカトミユキ。何だか線が細そうで、明日になれば全く印象もなにもかも忘れているなぁと思っていた。オオケンがCDを受け取り、あとでじっくり聞かせてもらいますよと彼女達に約束。そして彼女達のPVが流れた。たった数十秒のPVなのに、十分なインパクトがあった。類は友を呼ぶなのだろうか。ここ数十年聞いた事の無いダークな歌。これはきっとオオケンが本気で紹介しようと、番組に出したんだなと気がついた。オーケンプッシュのアングラバンド。オレは必死でバンド名をメモしたさ。
 彼はこうやって、同じ匂いのする他のアーティストを引っぱり上げる。一緒に成長するから、いつしか温かく見守る立場に変わったオーケン。こういったほぼ同い年のアーティストが一緒に年老いて行くのも悪くない。

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by kararachan | 2017-08-12 12:02 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

Where have you been? Go!Go!スターリン! Go!Go! 新谷

 オレが高校生の時、オホーツク管内で一番の難関校は北見北斗高校だった。今もそうだけども。その次が北見柏陽高校。その次ぐらいがオレが通っていた網走南が丘高校(以下南高)だと思う。南高は北見の高校と違って、のんびりとしてて、あんまり進学校らしくなかった。本当にしゃにむに良い大学に進学したいヤツは北見北斗に行く。地元の高校じゃレベルが低すぎて嫌だけど、といって北見北斗みたいな進学一直線にもなれない、そんなレベルの子達が行くのが南校だった。南高は元は旧制中学だったせいか自由な雰囲気があって、教師も生徒の自主性に任せると言った雰囲気がその当時は強かった。今の南校はどうか知らないが、俺達の時代はとてもおおらかだったなぁ。
 部活の3年生の送別会の時なんか、寿司屋に席を設けて普通にビール、ウィスキーなんか飲んじゃって、オレなんかヘベレケになってしまって真冬の北海道なのに、スリッパで家に帰った事もあった。1コ上の先輩も泥酔しちゃって、2軒目のつぼ八を出たところで転倒して「このまま寝る!」なんて訳判らない駄々をこねていた。
 某体育教師なんか教官室でタバコをモクモク吸いながら、赤鉛筆片手に競馬新聞を熱心にチェックしていた。また放課後喫茶店のマージャンゲーム(勝てば金がおろせるやつ。非合法のギャンブルだ)を制服のままでやっているヤツがいて、そのすぐそばにそいつの担任が同じゲームを目を血走らせてやっている。もちろん、お互い目も合わせないし、挨拶もしない。お互いそこには居ない事になっているのだ。

 南高には網走周辺からいろいろな、そこそこ優秀な生徒が集まるから、ずいぶん面白いヤツにも出会えた。井の中の蛙なんて言葉があるけれども、斜里からちょっと離れた、ちょっとだけ大きな町に行くだけで、ずいぶん世界が広がったよ。佐々木君からいろいろ影響を受けた話は先に書いたけれども、もう1人音楽友達で面白いヤツがいた。そいつは常呂町から(斜里から70kg北にある町。今は合併して北見市の一部)来たヤツで、新谷と言った。見た目は小太りの、いかにも運動神経がなさそうな、鈍重なヤツ。オタクと言うよりも、ちょっと危ないヤツと云われそうな雰囲気(←新谷ごめん)。
 新谷から教えてもらったのは、スターリン。中3の時にThe Jamを知り、正当なブリティッシュロックの道を歩んでいるオレが、道を踏み外しかけたのは新谷のおかげ。まあ、宝島を愛読していたから、スターリンと云うバンドが、ライブハウスで素っ裸になり、豚の血を客席にまき散らしたり、はたまたここには書けないような事をするバンドだと言う事だけは知っていた。でも実際にその音を聞いたのは、新谷から「ベトナム伝説」と言うカセットブックを借りた時(そうだ佐々木君もスターリンを聴いていたw)。

 このカセットブックにはパンク「仰げば尊し」なんかも収録されていて、こんなのもありなのか!と驚いたものだが、何と言ってもジャックスのカバー、「割れた鏡の中から」の恐ろしさは今も忘れられない。その暴力的すぎる音もすごかったが、何よりもこのジャックスのボーカル早川義夫が書いた歌詞が、脳天に隕石が落ちてきたぐらいの衝撃だった。ロックはここまで表現出来るのかと。ランボーの詩集よりも早川義夫の詩を持って旅に行きたいぐらいだ。無常観、絶望、無明、その中に目を凝らし続けて初めて見つかる微かに光る希望、それが早川義夫の詩。自分が何者かも分からない揺れ動く十代の少年の心を激しく震わせたのは、きっと同じ年ごろに感じた事を彼が詩にしたからなのだろう。

 その次に借してもらったのが「Go Go スターリン」。ゴリゴリのハードコアパンクサウンドに乗って、「パパ、ママ、共産党」だの「天ぷら、天ぷら、天ぷら、おまえだ!」とか、意味のない歌詞を連呼している内に、その歌詞になにか深い意味があるんじゃないかと不安なってくる。これはパンクマントラだ。17歳の子供は、何処にあるかは解らないが、ロックダークサイドに落ちてしまいそうだったよ。でもオレはThe JamとかThe Policeとか、健全なものにも夢中になっていたのが良かった。危ない危ない。それに毒には毒で制すで、King Crimsonを13歳から聴いていると云う、これ以上はない免疫があったのが幸いした。

 
 最後にヤツから借りたアルバムは、GNP(グロテスク・ニュー・ポップ)という、スターリン解散後に遠藤ミチロウがやっていたユニットで、オレはおもしろがって聴いていただけだったが、奴はきっと暗い部屋の中、体育座りでヘッドホンで外部を遮断してそんなものを聞いていたに違いない。
 新谷君は高校時代からちょっとおかしかったなぁ。いろんな意味で。今でも忘れられない彼の事の一つに、夏休みの宿題の読書感想文がある。「読書感想文は何の本を選んだの?」って聞いたところ、「オッペルと象について書いた」と言う。それは1学期に現代文の時間に授業でやったやつじゃないか! で、その書いたのを見せてもらうと、「ボクはオッペルと象を読んだ。これはすごい! こんなすごい小説は生まれて初めて読んだ。こんな感動的は話は今まで読んだ事が無い!」みたいな文章が延々と原稿用紙4枚ほど綴られていた。

 高校卒業後、進学も就職もせず家に引き篭もっているというのが、オレが聞いた新谷君の最後の消息。全うな50歳のおじさんになって、今も生き延びていると良いのだが。そんな彼にはこの曲を捧げたい。

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by kararachan | 2017-08-09 10:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

そうよ、みんなタコになってしまえ! Here the youg men

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 ディスクユニオンに行き、Joy Divisionコーナーを覗く度に、Here the young menが気になって仕方がなかった。これはJoy Divisionの唯一の公式なライブビデオ。5000円くらいしたと思う。大学生の頃はそういったビデオは自分には高価だったので1本も買うことがなかった。そのくせソリッドレコードから出たジャックスのボックスセット「JACKS CD BOX」、は18000円位もして大学生には大変高価なアルバムだったが躊躇なく買っていた。なんだろう、自分のこの出費に対する感覚は?

 結局このビデオは就職してお金に余裕ができてからやっと購入した。たぶん1992年ごろの事だと思う。この頃はビデオにLDと、ずいぶん映像ものを買っていたなぁ。今じゃビデオもLDも、機器を処分したんで再生できないけども。LDの時代は短かったな。今は亡き城南電気で自動両面再生プレーヤーを買ったよ。

 このビデオ、再生してまずその画質と音質の悪さに驚いた。新宿や、その頃良く行っていた高円寺の海賊盤専門店で売っているビデオとほぼ同等いやそれ以下。正規のFactory製なのに。最初に再生して、オレのビデオデッキが故障したのか? ヘッドが汚れたのか? と思いあちこち清掃してみたよ。そしてThe Doorsのライブビデオを再生すると、いつもの様に綺麗に映るので、これは画質の悪いビデオなんだとやっと納得した。


 それでも、この当時Youtubeどころか、wwwも殆ど知られていない、パソコン通信の時代だから、こんな映像を見られるだけでも超貴重。結局今でもJoy Division関連のライブ映像は、youtubeでさがしてもそれほど多くないし、正規の製品としてもDVDで売られているものもない。そして何故かFactoryはこのビデオのDVD盤は出してくれない。長らく待ち望んでいるんだけども。これはIanの呪いなのだろうか?
 今この映像を見たければ、なんと全編youtubeで見る事が出来る。もともと画質が悪いからさして気にもならない。交霊会でもしているかのように暗く朧な画面に、幽鬼のようなIanの姿が蠢いている。この映像を見ていると、今でも止まった時の中で取り残されたIanがタコ踊りをしているんじゃないかって気にさせられる。「そうよみんなタコになってしまえ!」

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by kararachan | 2017-08-08 09:58 | 音楽 | Trackback | Comments(0)