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そうよみんな、星になってしまえ

 今日は会社が終わった後そのまま隣町の病院へ足を運んだ。そこにはオレの会社の社長が長らく入院しているのだ。オレの社長は7年前に脳梗塞で倒れ、それからずっと病院と介護施設の間を行ったり来たりしていた。2年ほど前からは人工透析を受けるようになり、それからは病院の介護病棟に入院しっぱなしだ。

 先週の末に病院から社長の容体が急変したと云う知らせが入る。血糖値は上がらず、肺も真っ白。今朝入った連絡は、さらに溶体が悪化、何時お迎えが来てももおかしくない状態だと云う。

 社長は脳の言語中枢がやられているため、見舞いに行ってもまともに話が出来無い。だから会っても間が持たなく、それが嫌でそれまでなかなか足が向かなかった。
 そんな事もあり、病院、介護施設には1年に1回弱ほどしか見舞いには行っていなかった。今回会うのもほぼ1年ぶりだ。
 病室にはすでに他の社員も集まっていた。ベッドに伏せる社長は、空いたままの口で浅く呼吸をしている。もう十分な酸素が自分では取りこめないため、その口には酸素マスクが付けられていた。右目は閉じられていたが、左目は薄く空いているのだが、どんよりとした鈍い光がわずかに灯るだけ。時折目を開き、目だけで左右を見回す。その時だけ目に何らかの意識が感じられるが、それも極わずか数分間だけの事。後は目を閉じているか、死んだような半目が空いているだけだ。もう、呼びかけても、とくにこれと云った反応が見られない。

 でっぷりと太りいつも元気で、飲み会になると信じられないほどの量の酒を飲んでいた社長は、もうそこには居ない。54歳で倒れたので、もう61歳になるのだが、そのベッドに横たわるのはもう何年間も寝たきり状態の80歳以上の老人にしか見えない。脳梗塞、糖尿病、腎臓病、人工透析。結局の所社長は一度も良くなる事なく、徐々に衰えて、今まさに死のうとしている。普通ならこんな時には家族や親族が付きっきりで看護しているのだろうが、社長の両親はとうに亡くなっていて、本人は一度も結婚した事がない。弟夫婦は内地にいる。天涯孤独の身に限りなく近い存在だ。だから今日明日が山だと云われても、社長の周りにやってきてくれるのはわずか5名ほどの社員だけ。

 もう間違いなく必ず数日中に訪れる臨終の時も、親族よりも社員の方が多いだろう。通夜、骨拾いも社員が親族同然にやってあげないと、誰もいない寂しい葬式になってしまうかもしれない。友達は多い人だったのだが....。

 オレはこの会社に入って今年でちょうど20年。社長とは永いつきあいで、ずいぶん酒をおごってもらったものだ。だがこのような別れになるとは。

 今まさに、夜の静寂を破り、リンリンと、ご臨終を知らせる電話が鳴ろうとしているのかもしれない。

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by kararachan | 2017-09-27 23:22 | forward | Trackback | Comments(4)

AXIA~かなしいことり~

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 チャットモンチーがこないだ出したシングル曲は、7インチのアナログ盤でも発売していた。そしてソニーが30年ぶりにアナログレコードの生産をするという。なんだか時代が1980年代に戻ってきてしまったような気がする。1980年代といえばオレの青春時代じゃないか。アナログレコードはジャケットが存在感があって、そしてアートだった。Joy Divisionのアルバムなんか曲を聴きながらぼーっとジャケットを眺めていたりしていたなぁ。
 そんなんで、今アナログ時代が到来! これはオレも時代の流れに乗らなきゃと思うのだが、、、、。なんとオレは5年ほど前に殆ど全てのアナログレコードを二束三文で売っ払ってしまった。ああ、後悔先に立たず。しかもつい先月使える中級のターンテーブルを手に入れてしまったというのに。

 中高生の頃のオレは、レコードは全てカセットテープに録音して、そのカセットテープの方で聞いていた。レコードをかけるのが面倒くさいんではなくて、ただ単にレコードを何度も再生すると溝がすり減って音質が悪くなるのを極端に嫌がっていたのだ。モノによっては買って1度しか再生しなかったアルバムだって決して少なくない。しかもカセットに録音する歳には、最高の音で録音したいものだから音はスピーカーには出さず、ヘッドホンでモニターしていたのだ。スピーカーからの振動がターンテーブルに伝わると、それはそれで音飛びなど音質に影響を及ぼす。そこまで神経質になって、録音していた。今思えば馬鹿馬鹿しいけどね。細かい事を気にしないで、やはり良い音で聞けば良かったのに。
 まあ、そんな風にレコードを扱っていたので、売却の歳に店員さんには、「まるで新品みたいですね」とえらく感心された。そりゃあ、そうだ。だからといって、査定額はアップしてくれなかったが。

 そこまで細心の注意を払って録音するのだから、カセットテープだってTDKのDとかソニーのCHFなんか使う訳が無い。最低でもTDKのSA。一番気に入って良く使っていたのがやはりTDKのSA-Xだった。でも、オレのアーティストランキングの最上位のバンドはメタルテープで録音していた。
 カセットテープの処分時に、さすがこのテープだけは一生取っておこうと思ったのは究極のカセットテープMA-R。冒頭の写真に写っているカセットテープがそれ。このテープはフレームはダイカストで出来ている。それをポリカーボネートかなんかのプラスチックでサンドしている。メタルテープだけに鉄で作ってしまったという、持てばズシリと重い、これ以上はないという至高のカセットテープ。
 こんな究極のテープに何を録音したかというと、究極のロックバンドKing CrimsonのREDですよ、もちろん。さすが斉藤由貴さんには使えません。彼女はAXIAのPS2です。実はもう一本MA-Rを保存しているのだが、それもKing Crimsonの宮殿。これらのアルバムは墓場にまで持って行くどころか、もし来世があるのなら両足の裏にこのジャケットの痣付けて生まれ変わりたいくらいだ。

Starless / King Crimson

 このMA-R、もちろんそんなテープだから46分で定価で1800円もする。レコード代とそんなに変わらないくらいの高価だな。少ないお小遣いを、もったいない使い方をしていたと思う。今じゃカセットデッキも持っていないというのに、このカセットテープだけはこうして手元に残している。
 インデックスはFujiのAXIAのカセットを買ったら貰えた斉藤由貴さんものに差し替えてあるのは、オレの青春。

 さすがカセットテープは復活させようという気はないけども、アナログレコードで音楽を聴きたい。実はフォノ入力のあるアンプを持っていないのだ。やはり5年ほど前に売っ払ってしまった。あああ。

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by kararachan | 2017-09-08 18:01 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ああ、懐かしのFM誌 今では貴重な時代の資料

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 オレが中高生の頃(1980年代)、FM誌は全盛を極めていた。斜里みたいな田舎でも隔週土曜日には書店の店頭に平積みで少なくとも4誌のFM誌が置かれていた。FM fan、週間FM、FMレコパル、FM stationこれが斜里で買えたFM誌。これらが少なくとも各誌10冊は並べられていた。今考えると当時のFMリスナー人口というのはかなりの数だったのではないかな。

 オレは10歳ぐらいから音楽に目覚めて、しかも直ぐに洋楽に興味が移っていった。小学校6年生の頃にはFMラジオは洋楽を聴く貴重なソースになり、漠然と聴くのではなく何が放送されるのか自分で追求して行くようになるのは必然。なので、書店に並べられているFM誌を講読するのは自然な流れだった。

 間違ってこのブログにたどり着いた若い人達が居たとしたらFM誌って何? って思うだろうから説明すると、FM放送の番組表、しかもどのアーティストの何て曲がかかるかまで詳細に書いてある雑誌。それだけじゃ200ページぐらいの誌面を埋められないのでアーティストのインタビューや、レコードレビュー、オーディオレビュー、全英・全米・日本のヒット曲チャートなんかも載っている総合音楽情報誌がFM誌だった。FM誌もエアチェック(ラジオを録音する事)ももう死語だね。

 FM誌を買い始めた当初は、パラパラパラと各誌をめくり気になる記事があるものを買っていたが、自然とFM fanばかり買うようになっていた。週間FMは歌謡曲の情報が多すぎだったし、FMレコパルはなんだかつまらない、FM stationは軽薄。FM fanはクラシックの記事も多いが、いろんなジャンルの音楽がバランスよく取り上げられ、記事も読みごたえがあるのも気に入っていた。高校生の頃は土曜日に発売されたばかりのFM fanを買って、帰りの汽車の中で(斜里の南高生は汽車で通学していた)蛍光ペン片手に、念入りに番組表をチェックして長い通学時間を潰していた。なんだか赤鉛筆を持った競馬新聞オヤジみたいだね。

 そんなFM誌だが今ではどれもこれも廃刊になってしまい、もう書店で見かける事はなくなった。時代の流れだね。今は気になった音楽があればネットで調べれば直ぐに聴く事の出来る時代。番組表をチェックして放送される日を待つなんて、今の人には想像も出来ないだろうね。逆に検索から外れてしまえば存在しない事になってしまう。なんだかビッグブラザーの支配する世界に、知らず知らずのうちにオレ達は住んでしまっていたんだな。

 そんな死滅してしまったFM誌だが、実家の屋根裏部屋から大量に出土した。一番古いのが1981年で、1987年頃までの約6年間分が保存状態も良く出てきた。81年から86年までは北海道版なのだが、87年からは東版になっている。87年からオレは上京したので、東版を講読していたのだ。各地域のFM局に合わせて番組表が異なるため、各地域版と言うのも地域性があって面白いね。女房にこれを見せると、地方で違う版が出ていたんだと驚いていた。

 出土したのはFM fanだけではなくロッキンオンも出てきたのだが、懐かしがってあれこれ読んでみて気がついた。これは前回の投稿に書いた事なのだが、ロッキンオンは面白くない。自己顕示欲の塊の駄文ばかりで読む気がおきない。それに対してFM fanはというと、各種の情報がコンパクトにまとめられ、特集も読みごたえのあるものばかり。資料として非常に役立つのだ。
 全英・全米・日本のトップチャートなんか、今見るとこんな曲がトップ10入りしていたのかと眺めていてニコニコしてしまう。そして一番面白いのはFM番組表。あちこちにラインマーカーで線が引いてあり(かなり経年劣化で薄れているが)、その当時の自分が何に興味を持っていたとか、この曲はこの時にはすでに知っていたのかと! と驚く事ばかり。

 The DoorsのアルバムStrange daysに収録された曲は、上京してタワーレコードでアルバムを買った時に初めて聞いたとばかり思っていた。だが1986年の「午後のサウンド」で放送された時にエアチェックしていた様だ。蛍光マーカが引かれている。浪人時代にすでにこのアルバムの曲に親しんでいたとは。
 また平日午後4時から6時まで放送していた「軽音楽をあなたに」はずっと続いていたと思ったが、1986年から「午後のサウンドに」変わっていたというのもこれを見て気がついた。小嶋さちほがDJをやっている日が面白かったんだよね。受験勉強しないで、こんな放送を一生懸命聞いていたという証拠がここに残っている。


 もう残しておいても邪魔なだけと思いながらパラパラと紙面をめくり、意外や意外、資料として、読み物として、自分の歴史の裏付けとして非常に貴重だという事に気がついたFM fan。我が家の書庫に貴重な資料としてしばらく保管してみようと思う。博物館に寄贈しても良いかなとも思っている。

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by kararachan | 2017-09-05 12:00 | 書籍 | Trackback | Comments(0)

9月の雨は冷たくて

 自宅浪人中を一言で表すならヒマ。4月以降は同級生は皆進学もしくは予備校、就職で、斜里には親しい奴なんか誰も居なかった。そんな殆ど誰とも会わない生活を数ヶ月過ごしたある日、買い物に行くため街を歩いていると車のクラクションに呼び止められた。正美だった。

 正美は10歳からの友達で、お互い違う高校に進学したけれども付き合いはずっと途切れず続いていた。高校卒業前からしばらく連絡を取っていなかったので、この時は数ヶ月ぶりの再会だった。正美は内地に就職したものの2ヶ月ほどで辞めて、北海道にに帰ったと云う。この時はどこだかでアルバイトしているといっていた。
 正美も斜里には親しくしていた奴がいなかったため、オレのところに度々遊びにやって来るようになった。突然夜に奴は車でやってきては、1〜2時間あちこち斜里周辺を走り回るなんていう、青春の無駄遣い。オレも浪人なんて肩身の狭い身分もあっ、なんだか社会から取り残されたもの同士みたいな気分だ。
 そんな9月のある日。酷い土砂降りの日だったが、夕方になって正美がやってきた。ちょっと清里町緑の親戚のところに行くから、一緒に来ないかと誘われた。バケツをひっくり返した様な雨の中、緑まで(斜里緑間は約40kmある)行き、正美の親戚の家でしばらく時間を潰した後再び斜里に向かった。

 北海道の特徴としては、集落を過ぎるとあとは畑だったり山間地だったりで、人家がまったくない荒野みたいな地域になってしまう。そんな人気の無い山間地を正美の運転で走っていた。ゆるいカーブにさしかかる時、路面がトラクターがまき散らした畑の土が長くスジを伸ばして汚れている、そんな道路にさしかかった。車のスピードはさほど出ていない。たぶん時速70km程度だったと思う。ちょっとその泥が嫌だなと思った時に、車の後輪がスリップした。運転している正美は為す術もなく、車は完全にスピンし、2回、3回と路面をくるくると回る。ダッシュボード上の小銭が、チャリン、チャリンと左右の車のフレームに触れる度に音を立てていた。スローモーションで小銭が空を飛んでいるのが目に映った。
 たぶんスピンしていたのはホンの数秒間の事だったろう。が、長い時間ゆっくりと回転しているように感じた。そして車は路外に転落して、オレは横目で正美の頭がハンドルに打ち付けられ、跳ね返るのを見た。オレは自分は生きているのかな、そいて正美は死んじまったのかなと、そんな思いがまず頭に浮かんだ。
 蹲ったままの正美。そのまましばらく、といってもきっと10秒もない時間だったろう。社内には誰も動くものが無かった。社内には激しく降る雨の音が、カセットテープの聖飢魔Ⅱの歌をかき消さんばかりに響いている。
 やがて正美が頭を上げ、お互いに大丈夫かと声を掛けあう。二人とも何一つ怪我はなかった。
 この事故の時、正美は仮免中。つまり無免許で事故を起した訳だ。車は親の車だった。きっと車の運転を禁止されて、それでオレのところには来れなくなったに違いない。次に奴と再会したのはその2年後の夏だった。

 オレが小学生の時に9月の雨という歌が流行った。9月になると急に気温が寒くなり、雨なんか降るとそれは凍えるような冷たさだ。いつも9月になり雨が降る度に、太田裕美さんの声が聞こえるような気がした。
 そしてあの9月の事故、オレ達2人は何とか路外から転落した車を引き上げてもらうために、通りがかる車が来ないものかと待っていた。土砂降りの中通りかかる車をひたすら待ち続けた、車通りの少ない田舎道を。その時に太田裕美の歌を聴いていた訳ではないのに、なぜか9月の雨を思い出していた。冷たい9月の雨に濡れた19歳の少年2人。

 ただそれだけの理由なのに、9月に雨が降る度に、、太田裕美のあの歌が頭に流れてきて、正美との自動車事故が頭に蘇る。
 そんな正美は今年の3月に鬼籍に入ってしまった。あの事故では死ななかったが、心筋拡張症で50歳を前にしてこの世を去って行った。
 歌と感情は強く結びついている。9月に激しく雨が降る度に、誰か車が通りかからないかと震えながら動かない車内でじっと待つオレと正美が蘇る。

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by kararachan | 2017-09-04 16:34 | forward | Trackback | Comments(0)

音楽は感情に結びつく Don't forget the songs that made you cry.

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 8月は意味なく毎日更新したらどうなるかという秘かな試みを実行していた。何が見えてくるか? 結論としては、毎日のアクセスが増えるという事だけは分かった。9月に入って3日間何も更新しないと、アクセス数は激減。別にアクセスを稼ぎたい訳じゃないのだが、投稿を書く励みになるのは事実。アクセスを稼ぐにはひたすら書かねばならない自転車操業ブログです。っていうか、今月はまた別の実験をしてみようと思う。
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 実家の屋根裏部屋から大量に古雑誌が出てきた。ロッキンオンに、ロッキンオンジャパン、宝島。オレが中高生の頃に買っていたもので、大半は親に捨てられていたと思っていたのだが、その殆どがそのまま屋根裏部屋に放置されていた。
 宝島は85年から86年にかけてものだけで、それ以外は捨てられたようだ。ロッキンオンは一番古いものは1979年。新しいものだと1990年のものがあった。一番古いものは高校生の時に(1985年ごろ)多分網走駅前の古本屋(今はもう無い。)で見つけて買ったものだろう。
 その当時斜里ではロッキンオンはどの書店でも売っておらず、ごくたまに網走に行った時などに購入するだけだった。なので高校生になって網走に通うようになってから、毎月ロッキンオンを買えるようになった。だが実際に毎月買おうと決めたのは高校2年生の秋(1984年)だったなぁ。なんでだろう? 小遣い節約かなぁ。
 
 この30年以上前の古いロッキンオンは、我が家のロック史料として保存しておこうかとちょっとだけ考えた。ちょっとだけね。将来ロック喫茶なんか開いたら、本棚に並べておくと面白いななんて妄想してみた。
 ぱらぱらパラと全冊一通りページをめくって考えてみる。確かに今となっては貴重なインタビューも沢山ある。でもこれだけのスペースを取るものを、ごくたまに読み直す程度なのに取っておく価値があるのか? そりゃあ1986年の号を読んでいて、ああ、浪人中なのに勉強もしないでこんな記事を読んでいたんだなぁとか、あの時にこんなアルバムが出たんだねとかいろいろと資料として面白かったりもする。
 でも、何か決定的に保存しておきたいと思う動機に欠けるのだ。何が何でもどうしても取っておきたいという気持ちがそこにはない。相棒だって右京さんの推理は犯人の動機を読み解くところに面白みがあるのだ。動機は大事だ。どうしてそういう気持ちにならないのだろう? それはいったい何だろうと考えてみてはたと気がついた。そこにこの雑誌には感情が付随しないのだ。雑誌を読み返して、ただ単に懐かしがるだけで、そこには喜びも悲しみも何にも感情が涌かないのだ。


 1986年の号を読んでいて気がついた。それはオレが斜里の自宅に一人篭り浪人をしていた年。必死に勉強をすべき時なのに、部屋に篭って本を読みラジオを聴き、音楽を聴いている毎日(ちゃんと勉強していれば、第一志望に合格していたかも知れない。まあ、といって早稲田の社会科学部だから2部には変わりが無いが)。地に足が着かない不安感やら、義務教育という調教からはずれた自由を満喫、さらに退屈と夢やら希望やらが入り交じった複雑な心境に揺れる日々。そんな日々に聴いていた音楽、例えばThe Sminthsのアルバム「The Queen is dead」は今でも密接にその頃の感情と強く結びついている。だからあのアルバムを聞くと、その頃の自分の感情が強く蘇っくるし、今でもいても立ってもいられない何とも言えない焦燥感が湧き上がってくる。真摯に向き合って聞いていたそういう音楽は、その時の自分の感情と融合してしまっているのだ。


 古いロッキンオンを読んでいて思ったのはそういう事。音楽は強く感情と結びついている。なのに雑誌の場合、読んでいて懐かしくはあるが、強く感情に結びつくものなんか皆無なのだ。なにも当時の感情は蘇っては来ない。ただ懐かしがるだけの単なる情報。そうそれは、今のオレにはあってもなくても良い単なる消費財なのだ。
 そういった訳で、近々このロッキンオンは一括して売却してしまう事にした。ヤフオクに出しても手間ばかりだし、高値で売れるなんて幻想だしね。Thanks! ラスカルねーさん。



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by kararachan | 2017-09-04 14:11 | 音楽 | Trackback | Comments(0)