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LAST ALBUM RELEASE IN 2018 チャットモンチー

 このブログはメンテナンスモードで、現在下記のサイトでいろいろ投稿しています。







 ロックバンド、チャットモンチーは2018年の7月で活動を完結する。この事は前にもこのブログで記事にした。解散ではなく、完結と言う言葉を使ったのはいったいどういう事か? オレはこの目でしっかり見てこようと思う。


チャットモンチー2049


 今朝チャットモンチーのサイトがデザイン一新したというアナウンスがあったので、どれどれと見て見た。そこには彼女達の写真の上にかぶせて、


「LAST ALBUM RELEASE IN 2018」

と一言だけ書かれていた。それ以外の情報は何も無く、他のページも全くない。いったいこれはなんなんだ?

Last albumとは書いてあるけれども、The last albumとは書いていない。

 これまでもチャットモンチーはファンをドキドキさせ続けていたが、今回のはいったいどういう事なのか? まさか解散? いつかはと思っていたが。いや、解散するなら潔く解散とまず表明するはず、彼女達は。

 何にしても、来年のチャットモンチーの活動に大きな変化が有ると云う事の表明なんじゃないかなと思う。活動の拠点を徳島に移すとか。いつもながら、全く読めない。

 そういったわけで、ドキドキの一日なのだ、オレは。

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by kararachan | 2017-11-23 23:11 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

竹原ピストルが紅白出場だって!

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 車の移動時につけていたラジオは、紅白歌合戦の出場者が決まったと云う話題で盛り上がっていた。紅白なんか見ないし、全く興味がないしで、聞き流していたのだが、初出場の歌手について話している時に、思わずその彼の名前を叫んでしまった。
「竹原ピストルが紅白に出るって!!」

 野狐禅のライブは1度だけ見た事がある。2004年の10月19日、北見のオニオンホールで行われたライブだ。その日は野狐禅なんて聞きなれないバンドを聞きに行ったのではなく、対バン(どうもこの言い方がオレには馴染めないなぁ。昔で言う前座だよな)の早川義夫が聞きたくて北見まで足を運んだのだ。早川さんの歌をこんな辺境の地オホーツクで聴けるとは思っていなかっただけに、とてもワクワクして会場に足を運んだ。

 オニオンホールは、もともとは名前の通りで、北見名産玉ねぎの貯蔵庫だった建物をライブハウスに改築した、こじんまりとした小屋。ゼップなんかと違ってボロ臭く小さく、場末のライブハウスと言った風情が逆に良い感じだとオレは思っている。
 会場に入ってオレは驚いた。ライブハウスなのに、イスが並べてある。しかもかなりまばら、全部で20客ほど。これはどういう事だ? でも、事情はすぐに分かった。野狐禅、早川義夫なんて組み合わせじゃ、チケットなんか誰も買わないのだ。この文化不毛の地・オホーツクじゃ。
 そんな訳で、客がどう多く見積もっても、っていうか一人一人数えられる、15名程度しか客が入っていないライブが始まった。客はオレ以外野狐禅が目当てで来たのだろう。早川さんが曲を歌い終っても無反応。誰一人拍手すら起こらない。若い観客には、なんだこの異様なオッサンの歌は? としか思えなかったんだろうな。オレが心を込めて拍手をしだしてから、ようやっと他の客も歌い終ってから拍手をし出した。こんな程度の事でも、誰もしない事を一人始めるって云うのは、勇気がいるなぁ。小心者のオレ。

 早川義夫さんのステージが終わり、次は野狐禅。オレはこのバンドについて何も知らない。名前だって、このコンサートの告知で初めて知った。どんな音楽をやっているのか、どんな編成なのかすら知らない。もちろんメンバーの顔すら知らない。
 手ぬぐいを被った、何処かの飯場で働いている方がお似合いのごっついローディーらしき男が出てきて、上手にアコースティック・ギターのセッティングをしていた。ステージ中央にはキーボードが1台。どうやら楽器はギーターに、キーボードらしい。フォーク見たいなバンドなんだな。
 やがて、その飯場のあんちゃんは奥に引っ込み、客電が消える。たいして広くもない会場を埋め尽くす、たった15人ほどのスカっスカの観客。一音一音がはっきりと聞き取れるまばらな拍手が起こる。オレもこのバンドに全く期待なんかしていなかったが、礼儀なので力の抜けた拍手を送る。
 すると出てきたのは、さっきの手ぬぐいを頭に巻いた、あんちゃん。そのあんちゃんはおもむろにギターを担ぎ、そして中央キーボードには、横浜マリノスの中村俊輔似のもやしっ子みたいなひ弱なアンちゃんが着席する。そういえば彼も楽器のセッティングをしていたようだが、なんだか幽霊のように影が薄いのでミュージシャンだとは露とも思わず。

 飯場のアンちゃんに、中村俊輔似のもやしっ子の2人組のフォークバンド。ますます期待は盛り下っていった。
 ところが歌が始った瞬間から、会場の空気がさっと変わる。飯場のあんちゃんの野太い、歌うと云うよりも叫ぶと云う方がより適切だろう、歌声。弦よ、指よ削れて無くなってしまえと言わんばかりに弾き鳴らすアコースティックギター。これはもうフォークではなく、フォークギターのパンクバンドだった。彼らの歌は何一つ迷いが無く、絶対に誰かに届くんだという確信に満ちて、堂々としていた。飯場のあんちゃんが、不動明王のようになんのブレも無く、心の底から歌を歌い上げていた。

 何も知らず、初めて知ったのがライブなんていうバンドの出会いはこれが初めてで、月並みな表現だが、まさにオレはノックアウトされた気持ちだ。実際に竹原ピストルはアマチュアボクサだっただけに、この表現がぴったり。立ち上がれないくらいに、ノックアウトされた。客よりも空間のほうが遥かに多いスカスカのライブハウスで、野狐禅は何一つ手をゆるめる事なく、一人一人の客を素手で殴り倒すかのように、音でノックアウトしていった。今思い出しても、このライブは熱かった。この2人なら、客が一人も入っていなくても、満員の会場で演奏するように、熱演するだろう。
 スカスカの会場の空間は、彼らのエネルギーが埋め尽くして、今思い出しても超満員のライブハウスで野狐禅を聞いていた様な錯覚を覚える。



 もしこの時早川義夫さんが前座で出なければ、オレはこの野狐禅というバンドを知る事は一生無かっただろう。早川さんが野狐禅に導いてくれた。いや、オレが聞くべき音は、どんな手段を使ってでも、オレの耳に届くようになっていると、オレは思っている。



 それがオレと野狐禅との出会いで、彼らの1stアルバムやシングルはずいぶん買い集めて、繰返し繰返し聞いたものだ。こういった音が好きそうな友達にもCDを聞かせたりして、野狐禅の普及にずいぶん貢献したと思うのだが、彼らがブレークする日はついにやって来ず、2009年にあえなく解散してしまった。残念だった。
 松本人志がずいぶん野狐禅の事をかっていたようで、「こういうのが売れないといけない」なんて言っていたらしい。残念だけど、松本人志みたいなクソ面白くもない奴に評価されたと云うのが、野狐禅の一番の不幸だと思う。あんな才能のない奴に才能を認められるって悪い冗談にもならない。松本お墨付きじゃ、誰も聞かないだろう。貧乏神に取り憑かれたようなものだ。つくづく残念だ。



 そんな野狐禅だったが、解散後も2人のメンバーは音楽活動を地道に続けていた。特にここ数年、飯場のあんちゃん・竹原ピストルの名前を新聞の番組欄なんかで見かけるようになり、おや? と、ちょっと思っていたのだ。「竹原ピストル登場!」なんて番組紹介に書かれていたりして、彼もちょっとは売れてきたのかなぁと最近思っていた。


 そうしたら、なんと紅白歌合戦に出場すると云うではないか。これはかなりの驚きだった。エレファントカシマシが初出場するのよりも、竹原ピストルが出る事の方がよっぽどショックだったよ。いったい何を歌うのか? 多分野狐禅時代じゃなく、ソロになってからの歌を歌うのだろう。ギター1本か? それともバンドが付くのか? 竹原ピストルなら、バンドなんか無くても、ギター1本でもロックバンド並の迫力が出せる。彼はそんな歌手だ。

 そんな訳で、いつもは見ない紅白歌合戦だが、竹原ピストルとエレファントカシマシには注目なのだ。宮本はちゃんと歌うのか? 何かやらかすんじゃないのか? そちらの方も楽しみだ。

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by kararachan | 2017-11-18 15:36 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

印刷屋は年末が書き入れ時

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 気がつけば今年も、もう残り1ヶ月半になってしまった。のんびりとしていたら、気がつけば毎日残業しなければ仕事が貯まる一方。何で忙しいのかと思えば、そりゃああなた、もう年末モードですよ。
 そんな訳で、このブログは更新が滞っておりますです。書きたい事も沢山あるのだが、いや書きかけのだって原稿用紙換算で20枚程にもなるのだが(思いついた事をちゃちゃちゃと書いた原形、しかも複数のテーマを平行して書いてしまうくせがある)、それらをちっとも完成形に持って行けない。

 年賀状印刷しますよ! のチラシをつい先日新聞折り込みしたのだが、反応はさっぱり。まだ10件程しか仕事が来ていない。年々受注が落ちてきているのと、もともと11月は申込が少ないんだよね。年賀状担当者としては、ちょっと焦る。今年の冬のボーナスが出るかでないかは、年賀状の受注数に影響されるのだ。

 とはいっても、それ以外の仕事が多くやって来て、しかもこの忙しくなってきた時に女房は千葉に帰省。空港への送り迎え、家事で時間が取られる。まあ、それは仕方ないんだけどね。年末だねぇと諦めモード。
 まあ、仕事が忙しいのは、それだけ稼げる訳で、残業がなければ高校生のアルバイト代みたいな給料になってしまうので、女房1人に犬1匹の家を支える爪楊枝みたいに細い大黒柱としては、ここぞと頑張って働いているのだ。

 こんな時だからこそ、自分へのご褒美としてマカイバリ茶園の紅茶・2018年もののオータムナルを買ってしまいたいところだが、とても賢い首相の経済政策が功を奏して大企業の決算以外は不況のど真ん中美しい国・ニッポン。そんな贅沢は今月はグッと我慢なのだ。株価が上がって儲けたもうけたと言っている人は、手仕舞いしてこそ初めて儲けたになるのだ。そんな人に限って、ちょっと株価が下ると売れなくなり、結局のところずいぶん値が下ってから売却。だから儲け損なう。そして株価が高い時に良い気になって、高い買い物をしていて、後から苦しむ訳だよ。
 そんな訳で、ご褒美は給料が出てから。
来月までオレの分は残っているのかちょっと心配。

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by kararachan | 2017-11-16 10:45 | forward | Trackback | Comments(0)

愛は心の仕事です! 真のロッカー菊池桃子

 昨日の相棒16は菊池桃子が出演していて、久しぶりに彼女の顔を見たなぁと、楽しんだ夜だった。1人だけ目立つ出演者がいる時は、その人が犯人の事が多いんだけど、やはり菊池桃子が犯人だったというオチだった。
 それにしても彼女、オレと同じ年に生まれているからもう50歳になる。未だにメンコイのが見ていて嬉しいね。別にオレは菊池桃子のファンだった事は1度も無くて、というかほとんど興味が無かったのだけれど、同い年でメンコイままでこの年まで活躍しているのを見るのは何だか嬉しいものだ。
 その菊池桃子なんだけど、彼女が売れ出した頃、オレが高校生の頃だったと思うんだけど、町で一つの噂が流れていた。斜里駅の前に斜里館という老舗旅館があるんだけども、そこの社長の孫が菊池桃子だという。そしてそれは噂でなくて、本当の事なんだそうだ。菊池桃子の母親は斜里町出身。斜里館の社長はその親という事で、当時この日本の鬼門、知床の街でその事がちょっとした話題になったもんだ。爺ちゃんがいるからといって、別に菊池桃子本人がアイドルとして売れてからも斜里に来たなんて話は無かったのだけれども、当時街を歩いていたらばったりと遭遇しそうな気になっていたものだ。

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 さてその菊池桃子さん、80年代の末に突然ロックバンドを結成するなんて発表して驚いた事は良く覚えている。当時はアイドルが何でまた???だったんだけども、今になって振り返ってみれば彼女なりに良く考えていたよなと思えるのだ。
 菊池桃子が作ったロックバンドはラ・ム―。1988年に結成。当時のオレはTVなんて持っていなかったのと、月曜から土曜日まで昼はアルバイト、夜は10時まで勉強の2部大学生だったから、TVなんか持っていても見る暇なんかなかったのだ。ただ何をトチ狂ったのか、ロックバンドを作ったというニューズだけは目にしていたから、良く覚えていた。鳴り物入りでデビューしたから、レコード屋か何処かでラ・ム―の音は聞いたのだが、なんとも軽い音で、当時のオレは、ロックを舐めているのか? と思っていた。


 アイドルと云う自由のない世界から、ロックという自由な世界で生きようと必死になって歌っている様がひしひしとこの映像から伝わってくる。

 今になって考えてみると、1980年代の後半はもうアイドルという存在が終ってしまった時代に入るんだよね。60年代から続く、たった1人マイク1本片手に数千人のファン相手に歌を歌うなんていうアイドルは、その頃には急速にすたれていった。菊池桃子は頭のいい人だから、その辺りの終焉感をいち早く感じて、アイドル商売に見切りをつけたんじゃないかな。そして時代はバンドだと。それと20歳を超えてアイドルとしての賞味期限切れも自覚していたと思う。

 ラ・ム―の音はR&Bを基調にしていて、黒人コーラスも2人いるなど、当時としてはかなり時代の先を行っていたように思える。今なら猫も杓子もこんな音ばかり。そして、時代は空前のバンドブームを迎えようとしていた。
 残念ながら、菊池桃子の軽い声質はそういう音楽に全く不向きで、全然曲にあっていなかったなぁ。何にしても、彼女の活動は時代よりもちょっと進んでいたと思う。惜しむらくは、彼女の声質にあった楽曲ならもうちょっとは売れたと思うんだけどね。

 そういうわけで、相棒に菊池桃子が出ているのを見て、ラ・ム―の事を思い出してこれを書いて見た。失敗に終ったけれど、彼女の選択は正しかったと思うよ。そして当時、その事をもっとも正しく評価していたのは大槻ケンヂ。

 大槻ケンヂは言う「本当のロッカーとはな、ラム―のボーカリスト、菊池桃子さんだぁぁぁぁ」


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by kararachan | 2017-11-02 17:10 | 音楽 | Trackback(5) | Comments(4)